富士電機、富士通、ファナックと巨大企業を次々と生み出し、「グループ経営の手本」と称された古河グループ。だが、右肩上がりの時代は終わりを迎え、新陳代謝が止まった。代表企業の富士通が狙うのは、社外の知恵だ。

 「グループ経営の手本」と称賛された企業群があった。明治時代、足尾銅山の開発成功をきっかけに、事業の多角化を進めた古河グループだ。

 鉱山で採掘された銅を加工するには発電機が必要となる。古河電気工業はこの発電機を輸入するため、独シーメンスと合弁会社を設立。古河の「フ」とシーメンスの「ジ」(ドイツ語読み)から社名を取って、1923年、富士電機製造(現・富士電機)が誕生した。

 35年、電動機メーカーの地位を確立した富士電機から、電話機部門が分離独立。富士通信機製造(現・富士通)が生まれた。富士通の成長は電話機の普及で一気に加速。パソコン、半導体と事業領域を広げていくことになる。

 産業用ロボットで世界シェア約2割のファナックは72年、富士通の100%子会社として産声を上げた。富士通社内には当時、新規事業としてコンピューター開発を主導するリーダーが2人いた。このうちの1人、NC(数値制御)装置部門を率いていた稲葉清右衛門氏が富士通から営業譲渡を受けて独立。ファナックを立ち上げた。

孫のファナックは時価10倍に
●古河グループ拡大の流れ
富士電機は独シーメンスの技術を導入し、1924年に川崎工場で発電機の自社生産を始めた
富士通が戦前に展開した電話機の広告。戦後には一般家庭にも普及し、成長に弾みがついた
1985年、国際科学技術博覧会に出展された「ファナックマン」。200kgのバーベルも軽々(写真=朝日新聞社)
注:時価総額は7月25日の終値ベース