村落共同体から機能体へ

 結局、日本企業の多くは村落共同体なんだよ。村落共同体は村長がみんなの意見を聞いて、真ん中を落としどころにする。先人が築いた事業だから様子を見ようとか、畳むにしても一部にとどめようとかする。だから会社は機能体でなければならない。機能体のトップは老化した事業を見極めて迅速に畳み、そこで人材と金を作って成長分野に振り向けるのが役目。平均値を追い求めているようではできない。

 村落共同体から脱するには、職場の上長に外国人が来るのが一番いい。例えば米スリーエムは興味深い。米国籍企業なのに執行役以上にはスウェーデン人や韓国人なんかがいて、米国人は少数派でしかない。非常に良い形態だと思う。日立も本社は日本に残すだろうが、会社に多様な人材が入ってくるようにすべきだ。

 日立は2013年、グループに属する30万人の従業員の人事データベースを構築し、評価制度の共通化も進めた。「もう何年かするとリーダー層が世界中で流動的に動けるようになる」と川村氏は期待を寄せる。

 川村改革は日立に求心力と機動力をもたらした。しかし、全てがうまくいっているわけでもない。残された課題と悩みがある。

 「悩ましいのは目玉事業がないことだ。日立の筋肉であり骨である事業と情報通信という脳神経の事業を結びつけた領域で、具体的に言えるビジネスがない。社会インフラ事業で交通網全体を最適化するようなサービス業を目指しているが、顧客が誰になるのかもはっきりしていない。機関投資家などにもまだ研究段階にあると思われているから株価も上がらない。

巨大グループの事業再編は終わらない
●川村氏の会長兼社長就任以降の主な改革

「日立と言えばこれ」がない

 日立は総花経営に別れを告げ、社会インフラ事業と情報通信事業を組み合わせた領域をコアコンピタンスに据えた。今年に入って日立キャピタルと日立物流の株式を売却して連結対象から外すと発表したのは、その流れの一環。しかし「日立と言えばこれ」と世間が認めるような事業が確立されているわけではない。求心力の向上は道半ばだ。

 「2010年、上場子会社16社のうち5つを完全子会社にした。巨額赤字を出した日立が短期間で利益を上げるのに社外に流出していた少数株主利益を取り込みたかったからだ。親子上場はやはりいびつだから16社全てを買収する案もあったけれど、資金が足りなかったし、苦労して上場した子会社を一挙に整理するのは忍びなかった。完全子会社にすれば、独立心が損なわれるのではないかという心配もあった」

 上場子会社の完全子会社化について振り返った川村氏の話には2つポイントがある。必ずしも選択と集中という観点で実施したものではなく、当時の日立の懐具合による面が大きかったことが一つ。2つ目はより重要な示唆で、企業の成長に不可欠な独立心をどう担保するかに腐心したということだ。

 では川村氏にLINEを生んだネイバーのようなグループ企業の経営は、どう映るのだろう。その答えは老舗に共通する悩みが含まれている。

 「若い会社はそれでいいかもしれない。しかし古い会社は、切り落とすべきものが次々と出てくるんだよ」