英国の離脱で最も影響を受けるのは、EUで経済的メリットを最も享受していたドイツ。「第2の英国」を防ぐためにも、ドイツには対EU戦略の見直しが求められる。

(写真=Krisztian Bocsi/Bloomberg via Getty Images)
熊谷 徹
在独ジャーナリスト
NHKワシントン支局勤務中にベルリンの壁崩壊などを取材。1990年からミュンヘンを拠点に取材を続ける。

 1989年、ベルリンの壁を崩したのは、社会主義政権に不満を抱いていた庶民だった。そして今回、英国の庶民はEU離脱という非理性的とも言える決断を下した。

 27年ぶりの「庶民の反乱」。EU加盟国の中でその影響を最も受けるのが、リーダーであるドイツだ。しかも、今回はベルリンの壁崩壊とは異なり、ドイツの利益を危険にさらすものだ。

 2005年の就任以来、リーマンショック、ユーロ危機、ウクライナ危機、難民危機など様々な非常事態の火消しに取り組んできた首相、アンゲラ・メルケル。離脱派の勝利が判明した6月24日の記者会見で、「今回の投票結果は欧州統合の歩みに深い傷を与えた。残りの27のEU加盟国は慌てて反応するのではなく、状況を冷静に分析すべきだ」と険しい表情で語った。

「平和の配当」を最も享受

 「冷静に分析」は元物理学者、メルケルの常套句。しかし今回、ドイツのメディアはこの言葉について、「政府が有効かつ具体的な対策を持っていないという印象を与えた」と批判した。

 2000年間にわたり多くの戦乱を経験してきた西欧にとって、ベルリンの壁が崩壊してからは、最も平和で安定した時代だった。国家間の垣根は次々と取り払われ、多くの国々が防衛予算を減らして「平和の配当」を享受した。

 第2次世界大戦で周辺国に大きな損害を与えたドイツはその中でも、積極的にEUに身を埋めることで「良き欧州人」になろうと努めてきた。

 1951年、EUの前身「欧州石炭鉄鋼共同体」が創設された背景には、ドイツが二度と戦争を始められないように共同体に取り込み、鉄鋼と石炭の生産量を監視しようというフランスの警戒心があった。ドイツを抑え込むために作られた共同体は、結果的にドイツを域内のリーダーに押し上げた。

 単一市場の創設、ユーロの導入、EUの東方拡大。いずれも、高品質の製品と競争力を持つドイツの産業界に大きな恵みをもたらした。2015年、ドイツの貿易黒字は2917億ドル(約30兆6300億円)で、経済協力開発機構(OECD)の加盟国で最大。失業率はEUで最も低かった。ドイツ連邦政府は2014年に財政黒字を達成し、新規国債の発行が必要なくなった。

 ドイツが財政黒字を達成できた理由の一つは、2009年以降、ユーロ危機によって投資家がギリシャやスペインへの投資を減らし、「安全な避難港」とされるドイツ国債に資金を回したため。

 その結果、ドイツ国債の利回りが戦後最低の水準に下落し、ドイツ政府は多額の資金調達コストを節約することができた。南欧諸国が「ユーロ危機で最も得をしたのはドイツ」と批判するゆえんでもある。

 時としてEU内で反発を買うドイツ。英国ともEUの戦略を巡り意見を衝突させることが多かったが、EU首脳会議では共同戦線を張ることもあった。