予定より2カ月前倒しで誕生した英国のメイ政権。その前には険路が待ち構えている。EU離脱に向けたプロセスは依然として不透明で、EU各国との神経戦が続く。物価など市民の生活にも影響が出始めており、一部の企業は脱・英国に動き出している。

当初の予定よりも2カ月早く就任した英国のテリーザ・メイ首相(写真=Jason Alden/Bloomberg via Getty Images)

 「よりよい英国を作る」──。

 7月13日、バッキンガム宮殿でエリザベス女王から任命を受け、76代目の英国首相に就任したテリーザ・メイ氏は約4分の演説をそう締めくくった。

 当初、9月までかかるとみられていた新首相の選出は、7月11日に急転直下で決着した。保守党の党首選で対抗馬だったアンドレア・レッドソム・エネルギー担当閣外相がこの日、突然撤退を表明したのだ。

 想定よりも約2カ月早い新首相の決定が、今後の欧州連合(EU)との離脱交渉にどのような影響を与えるのか。注目を集めたのは交渉の布陣だった。

 メイ首相は「EU離脱担当省」と「国際貿易省」を新設。従来の外務省を加えた3組織で離脱交渉に臨む。新組織にはEU懐疑派のデービッド・デービス議員(EU離脱担当相)、リアム・フォックス議員(国際貿易相)を起用した。

 さらにサプライズだったのは、前ロンドン市長で、EU離脱キャンペーンをリードしたボリス・ジョンソン氏を外相に指名したことだ。ジョンソン氏は次期首相の有力候補とされ、メイ氏のライバルとなるはずだったが、党首選には不出馬。問題発言も多く、初めての入閣で手腕は未知数なジョンソン氏に、英国の未来を託すことになった。

EUへの通告時期が焦点に
●英国のEUからの離脱プロセス
(写真=Dmytro Kosmenko/Getty Images)

総選挙を求める野党

 次の焦点は、EUとの交渉がいつ始まるか。EUの基本条約であるリスボン条約の50条では、加盟国が離脱する場合の手続きを定めている。50条を発動した時点で、英国はEUに正式に離脱を伝えたことになる。

 ここである問題が浮上している。50条の発動に当たって、英国議会の承認が必要になる可能性があり、その可否については現在も解釈が分かれている。仮に議会承認が必要となれば、EU離脱交渉のスタートはさらに遅れる。

 また、スコットランドなどの地方議会がEU離脱に反対し、議会が紛糾するのは明白だ。メイ首相は今回、党首選を戦わずに首相に就任したため、国民の信任を改めて得るべきだという声も上がっている。

 野党、労働党のジョン・トリケット下院議員は「英国には民主的に選ばれた首相が必要だ」と訴え、自由民主党のティム・ファロン党首も「メイ首相はEUとの交渉に当たり、国民から委任を受けていない」と総選挙の早期実施を訴える。仮に解散・総選挙となれば、EUとの交渉開始は一層遅れる。

 メイ首相は党首選への出馬を表明した際の演説で、「EUとの交渉を2017年までは始めない」と明言している。だが、EU側としても年明けまで待てるほどの余裕はない。先の見えないEUと英国との神経戦が始まろうとする中、実体経済にはじわじわとダメージが広がっている。

 7月上旬の平日。西ロンドンの住宅街の一角にある公園で待ち合わせた元エリートバンカーの表情は、少しやつれていた。

金融街シティーの光景。大手金融機関の採用様子見など、雇用にも影響が(写真:永川 智子)

 「信じられないことが起きたよ」。そう言うと、エドワード・タッカー氏(41歳)は肩をすくめた。欧米の金融機関の投資銀行部門でキャリアを積んできたタッカー氏の職場は一貫してロンドンだ。

 パリッとしたスーツに身を包み、朝は5時に自宅を出る生活を10年以上続けてきた。年収は日本円にして約3000万円。それ以外に業績連動のボーナスも付く。3人の子供は私立の学校に通い、3年前には住宅を約1億5000万円で購入した。

 2014年、業績不振が続く欧州の金融機関が相次いで人員削減に踏み切っていた時期に、一度はタッカー氏は職を失った。出社すると、パソコンにはさわれず、そのまま会議室に集められて解雇を告げられたのだ。

 その後、大手金融機関への復帰のチャンスを待ちながら、金融コンサルタントとして仕事を続けてきたが、計算が狂った。ロンドンに拠点を構える大手金融機関の多くが事業の見通しに不透明感を抱き、採用を凍結する可能性が高まっているためだ。

 「金融機関に勤める知人も、来年まで自分がいられるか分からないと嘆いている」とタッカー氏はあきらめ顔だ。

 国を二分する国民投票から約1カ月。EU離脱を後悔する「Bregret」という造語まで生まれ、影響は日常生活にも影を落とし始めている。