VRは製造業の共通言語

 紙の設計図やパソコンのCAD(コンピューターによる設計)データを関係者全員で見ながら、建てやすく、使いやすい、そしてメンテナンスにも適したプラントのあり方を議論する場面はこれまでもあった。だがプラントのような巨大な建造物の全体像から細部に至るまで図面やモニターで把握するのは、設計のプロでもない限り難しい。

 小型製品のように試作品を作るわけにもいかない。そのため「設計者とそれ以外の担当者の理想としているイメージが違っていることも珍しくなかった」と三菱重工業総合研究所先進デザイングループの山﨑知之主任は言う。

 認識のズレが埋まらないため、議論が紛糾して長期化したり、思いもよらないようなミスが後で発覚したりする。設計しやすいようバルブの位置を決めたところ、実は手が届かないところにあった、といった具合だ。

 VRはこの課題を解決し得る。仮想空間ならば巨大な建造物を細部も含めてそのまま再現できる。時間の制約を飛び越えて、まだ実際には影も形もないプラントを歩き回ることも可能だ。仮想空間に実物を先取りしたプラントを「建設」し、これを各担当者が共有することで、これまでのような認識のズレや見落としは激減した。

 理想のイメージを他の部署の担当に伝えるのも容易になった。発注先の運用・保守の担当者にとって使いやすく、三菱重工の施工担当者にとって組み立てやすい仮想プラントが出来上がる。後はこれを現実世界に「移築」すればいい。

 営業担当にとってもメリットとなる。これまでは顧客に完成イメージを持ってもらうため、似たようなプラントがある場所まで顧客を連れて行くこともあった。このシステムがあれば、まるでプラントが目の前に「ある」ように見せられるので、わざわざ顧客を現場に連れ出す必要がなくなる。

 研究拠点に来ることができない顧客には、HMD(ヘッドマウントディスプレー)を使ってプラントの完成形を見せることも可能だ。VRは製造業の全てのプロセスに使える「共通言語」(三菱重工の石出孝・執行役員フェロー)として機能し始めている。

仮想を現実に引っ張り出す

 米国の研究機関が開発したCAVE(没入型VR設備)と呼ぶシステムを三菱重工が導入したのは2012年のこと。当初は「すごい」と言ってはもらえるものの、「客寄せパンダ以上の効果はなかった」(総合研究所先進デザイングループの柴田尚希グループ長)。

 3次元の設計図はあっても、互換性の問題から容易にVR化できなかった。また、プラントのような巨大な建造物を実寸大でスムーズに表示するにも独自のノウハウが必要だった。

 こうした課題を一つひとつクリアしてシステムの改善を進めていった。そのポイントは「バーチャルの世界でモノ作りをするのではなく、リアルの世界にバーチャルを引っ張り出すこと」(山﨑主任)。ゲームのように仮想世界に没入させることを目指すのではなく、設計データやシミュレーション解析データといったイメージしにくいものを、仮想空間を媒介にして現実世界に具現化することがモノ作りでVRを活用する上での要諦となる。

 一般的にCAVEシステムを導入するには、プロジェクターや専用眼鏡などを合わせて1億円程度かかる。三菱重工は独自の改良を重ねることで、「また次もCAVEを使いたい」という声は社内外に増え、ようやく今年、「年末まで(設備利用の)予約でいっぱい」(山﨑主任)の状況にこぎ着けた。

 三菱重工のVR活用はこれで終わりではない。「将来的には、仮想空間に工場を建て、ラインを入れ、製品の開発から生産までやってみたい」と石出執行役員フェローは話す。新しいHMDを使った試みも計画しているという。

 近い将来、仮想空間は製造業の理想の工場が立ち並ぶ一大工業地帯になるのかもしれない。HMDがあれば場所を選ばず、誰でもその空間に入り込むことができる。世界中の製造業関係者が仮想空間に集まり、まだ現実にない製品を開発したり、既存の工場を丸ごと移築し、生産効率の向上策を議論する場になる。つまりVRは製造業が大きく飛躍する土台になり得るのだ。

仮想空間にプラントを「建設」して完成度を高める
●三菱重工のVR活用事例
中央画像:3Dのプラント設計データ。CAVEを使って建物内部に入り込める