1977年、あるSF漫画が上梓された。JRが国鉄で、海外旅行は商店街の福引きで当たればという時代。星野鉄郎と謎めいた美女メーテルがSLに乗って宇宙を旅する奇想天外なストーリーに、胸躍らせた記憶がよみがえる。

 その作品は妙にリアルだった。

 舞台は生身の体を機械に替えた人間が跋扈する未来の地球。持つ者は機械化によって永遠の命を、持たざる者は不自由な生身のまま貧困の中に身を置くという、テクノロジーと格差が極限に達した世界である。そして、機械人間に母を殺された鉄郎は復讐に燃え、タダで機械の体が手に入るとされる惑星大アンドロメダへ不死を求める旅に出る。メーテルが機械の世界を牛耳る女王の娘であるとも知らずに…。

 あれから来年で40年。我々の夢想をかき立てた世界は、思った以上に実現に近づいている。

 美容医療の進化に伴って、理想の容姿を手に入れることはある程度可能になった。しわ取り、たるみ解消、フェースラインの改善など、アイルランド籍の製薬大手アラガンに象徴される製薬大手は、消費者のニーズをかなえるべく研究開発を繰り返している。

 90年代以降、遺伝子の解明が進んだことで、謎だった老化メカニズムも明らかになりつつある。この分野を世界的にリードしている人物の一人は日本人研究者だ。老化を抑制するとされる物質の臨床研究も遠からず始まる見通しだ。

 そして、抗老化(アンチエイジング)に夢と機会を見いだした起業家たちは、老化研究に多額の資金を投下し始めた。米グーグルの創業者、ラリー・ペイジ氏は老化研究のベンチャーを設立、バイオテクノロジーとビッグデータを融合させて「不老」の実現を目指す企業も増えている。

 もちろん、倫理や宗教との葛藤はある。だが、肉体と機械の融合も一部で進む。鉄郎が求めた機械の体はいまだ夢物語だが、不可能ではないと思えるくらいに研究は加速している。技術の進化と欲望の深化。それが空想の世界を現実に変えようとしている。

 惑星大アンドロメダに到達した鉄郎は、悩んだ末に機械にならず生身のまま生きることを選んだ。限りある命、ゆえに人間は精いっぱい生きるのだと。その答えは恐らく正しい。だが、人間の好奇心と欲望は時に理性を凌駕する。

 若さはどこまで買えるのか、「不老」はどこまで可能なのか、そして、テクノロジーは人間を超越できるのか──。その最先端をのぞく。

(ニューヨーク支局 篠原 匡、日野 なおみ、大竹 剛)

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日経ビジネス2016年7月11日号 26~41ページより目次