まるで人間のようなクルマ

 4月中旬、シリコンバレーのエヌビディア本社から東に約4000km。ニュージャージー州の郊外を、1台の見慣れないクルマが走っていた。フォードの高級車「リンカーン」を改造したエヌビディアの試作車「BB8」。3種類のAIを搭載した自動運転車だ。運転席に乗った実験の担当者が時折、サンルーフからわざと両手を出してこちらにヒラヒラと手を振った。「ハンドルを握らなくても問題ない」という合図だ。

AIを搭載したエヌビディアの自動運転試作車「BB8」

 驚くべきは、この試作車がまるで“人間”のような振る舞いをすることだ。

 搭載したAIの一つである「パイロットネット」。学習させたのはセンサーから得たクルマの周囲の画像ではなく、人間が運転するときのしぐさや目線、障害物に遭遇したときの避け方などの振る舞いだ。車線の有無や異なる時間帯、様々な気候条件などでの行動データをAIに学ばせた。

 すると、パイロットネットは運転する際に注意を払わなければならないポイントを“勝手に”見つけ出した。例えば車線や対向車のボンネットのような場所に、AIは焦点を当てた。これは人間が普段、無意識に注意しているポイントと全く同じ。つまり自ら知識を獲得したのだ。エヌビディアによれば、AIの学習はほぼ完了しているという。

 エヌビディアはなぜ、他社に先行してこうした開発ができるのか。その秘密は、同社の創業当時からの製品であるGPU(画像処理半導体)にある。

 「我々が競合より数年先を走っているのは確かだ」。同社で自動車事業を統括するロブ・チョンガー副社長は、自動車用に最適化されたAI車載コンピューターを手に持ちながらこう話す。

 「AIカー」を実現するには、高性能なコンピューターが必要になる。同社が開発したGPUには、圧倒的な強みがある。同時に複数の計算をこなす「並列演算」がずば抜けて得意なことだ。

 パソコンに必ず搭載されているCPU(中央演算処理装置)は「A」という計算の後に「B」という計算をする「逐次演算」に向く。演算装置という点では同じだが、例えるならば、GPUは数千人が同時に計算をする研究所であり、CPUは1人の天才の頭脳のようなものだ。

「千載一遇のチャンス」

 きっかけは数年前、ある社員がフアンCEOに送った1本のメールだった。

 「大学の最先端の研究では、AIにGPUが使われています」

 大量のデータを同時に学習しなければならないAIには、CPUではなくGPUが向く──。このメールを見逃さなかったフアンCEOはAIをビジネスチャンスと捉え、経営資源を一気にAI関連事業にシフトし始めた。GPUを単なるゲーム用ではなく、AI用の半導体として再定義したわけだ。

 フアンCEOはこう言う。「千載一遇のチャンスだ。(経営資源を集中させたことで)ゲームやタブレット向けの商機を失うなどの犠牲を伴ったが、必ず手繰り寄せなければならなかった」

 エヌビディアのGPUはAI用の半導体として一気に知名度を高めた。米グーグル、米アマゾン・ドット・コム、米フェイスブック……。AIを次なる革命と捉える多くのIT大手が、続々とエヌビディア製のGPUを採用し始めた。

 トヨタがエヌビディアと提携したのも、この文脈上にある。TRIのプラットCEOは提携発表前、本誌などの取材に対し「TRIだけでは解決できない問題がある。効率のいいコンピューターを作ってくれる企業とパートナーになって協力したい」と語っていた。

 「いや、実はこのプログラムを動かせるのは、現状ではエヌビディアのGPUだけなんですよ……」。あるデンソー幹部はつぶやいた。同社が自動運転用のソフトウエア開発のデモで使用していたのがエヌビディアのGPUだった。デンソーはトヨタグループ最大の部品メーカーであり、1990年代後半からAI研究に着手。AIの専門チームも作っていることで知られる。そのデンソーをもってして、「唯一」と言わしめる技術的な優位性をエヌビディアは持つ。

 さらにトヨタとの協業では、「エグゼビア」と呼ぶ次世代のGPUを採用する予定。1秒間に30兆回の演算を行う世界トップクラスの半導体だ。

 「もうデバッグ(ミスを見つけて手直しすること)はほぼ終わっているよ」

 4月中旬、本誌はエヌビディア本社の研究所に潜入した。スーパーコンピューターが所狭しと並ぶこの施設は、メディアにほとんど公開しない開発中の製品をチェックする機能を持つ。

 エヌビディアは全ての半導体製品の生産を外部に委託するファブレスメーカー。台湾積体電路製造(TSMC)と韓国のサムスン電子に製造を委託する。研究所の担当者は「両社に対してこの数カ月でエグゼビアのバグを潰す作業を依頼済みだ」と開発が順調に進んでいることを明かした。製品の市場投入は予定通り今年後半になる見込みだ。