AI(人工知能)によって、既存の産業秩序はガラリと変わる。強固なピラミッドを持つ自動車産業とて安泰ではない。自動車を「操る」のは誰だ。

「TOYOTA」──。巨大なスクリーンに赤い文字が躍った瞬間、満員の会場は万雷の拍手と歓声であふれた。
5月10日、米カリフォルニア州サンノゼで開かれた会見で、米半導体大手のエヌビディアはトヨタ自動車とAI(人工知能)を使った自動運転車の開発で協業すると発表した。エヌビディアが開発中のAI用半導体を、トヨタが実際に製品化する自動運転車に搭載。両社は自動運転の実現に向けたソフトウエアも共同開発する。
トレードマークの黒い革ジャケットを身にまとって壇上に立ったジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)はこう語った。「自動車業界のレジェンドとの協業は、自動運転の未来がすぐそこまで来ていることを強く示している」
トヨタよ、おまえもか。多くの自動車やIT(情報技術)の業界関係者はきっとこう思ったことだろう。ドイツ勢ではフォルクスワーゲン、アウディ、ダイムラーと既に提携。米国勢ではフォード・モーターに加えて、EV(電気自動車)のテスラとも協業する。その列にトヨタも加わることになったからだ。
AIは自動車の“頭脳”になる。ただし、AIもコンピューターの中で動くプログラムの一種。スムーズに頭脳を回転させるには、高性能な半導体が必要だ。
1993年にゲーム用の半導体メーカーとして誕生したエヌビディア。長らくニッチ企業の性格が強かったが、そこで培った高度な画像処理技術を生かして、AI用半導体で台頭しつつある。2017年1月期の売上高は69億1000万ドル(約7900億円)。AI関連事業の急拡大によって、前期比で2200億円も増加した。今期に入ってさらに成長ペースが加速。瞬く間にAI時代の寵児になろうとしている。
世界で攻防を繰り広げる自動車メーカー。AIは競争の前提をガラリと変える可能性がある。従来の産業序列は関係ない。エヌビディアの躍進は、その象徴である。
AIは「自ら判断する機械」
まずAIの位置付けとメリットを整理しよう。なぜAIが今、注目されるのか。端的に言えば、いよいよ本格的な実用段階に入ったからだ。
AIを、人間の脳のように「自ら判断する機械」だと捉えればイメージがつかみやすい。上の図のように、情報をインプットし、人間の脳のように考え、答えをアウトプットする。これがどの産業でも当てはまる「AIの使い方」だ。
AIの特徴は「学習する」点にある。人間の脳を模した計算手法「ディープラーニング」で、人間が教え込まなくても自ら進化することが可能になった。これまでのコンピューターと違い、学習した内容と全く同じ問題でなくとも、AIは類推して答えを導き出すわけだ。
ただし、AIが一人前になるためには、膨大な学習用のデータを読み込ませる必要がある。AIブームは1960年代と80年代に2度訪れているが、当時はコンピューターの計算能力が足りずに、結局「ブーム」のまま終わった。2010年代に入って「第3次ブーム」が始まり、いよいよ本格普及に向けて動き出しているのはなぜか。コンピューターの進化により計算能力が飛躍的に高まり、AIの学習にかかる時間を大幅に短縮できるようになったからだ。
自動運転は、まさにAIの出番といえる。センサーやカメラが捉えた人や障害物などの情報をインプットすれば、どのルートをどの程度の速度で走ると安全に通行できるかをAIが判断し、クルマを操ってくれるわけだ。
AIの進化で自動運転の実現が見えたからこそ、世界中の自動車メーカーが一斉に動き出した。
現在、実用化されている自動運転は「レベル2」と呼ばれる運転補助機能。それをさらに進め、ある条件下では運転を完全にクルマに任せる「レベル3」を実現するには、「AIが絶対に必要になる」(独メーカーの自動運転担当者)。
日産自動車で自動運転技術を担当する土井三浩・総合研究所長も「どの会社も(AIを使って)クルマの知能化を進めていくのは間違いない。なぜなら世界は複雑すぎるからだ」と話す。
トヨタは16年1月、米カリフォルニア州にAIの研究・開発拠点であるトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)を設立。今年1月にはTRIが関わったAIコンセプトカーを発表した。「YUI」と名付けたAIが運転者のパートナーとなり、自動運転をするだけでなく、運転者の気持ちを理解し、好みに合わせた話題や関心の高いニュースなどを提案するアイデアを盛り込んだ。TRIのギル・プラットCEOは本誌などの取材に対し、「AIによって、クルマの新しい付加価値をメーカーが提供できるようになる」と話した。
ホンダはAI技術でソフトバンクグループと提携し、トヨタと同様にクルマが人格を持ったようなコンセプトカーを発表。日産自動車もAIを使った自動運転の技術開発を加速している。
こうした「AIカー」の開発でも、エヌビディアは他社の一歩先を行く。
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