ビジョン先行の危うさも

 テトリックCEOによると、現在、ハンプトン・クリークの製品は米ウォルマート・ストアーズを含む主要大手スーパーで販売されているほか、約3300の公立学校や500以上の大学の食堂などで採用されている。「もはやベジタリアン向けのニッチ商品ではない」というテトリック氏だが、同社のマーケティングや販売の手法を巡って様々な騒動が巻き起こってきた。それは、安心・安全が求められ、文化にも深く根付いている「食」という保守的な分野で、未知の商品へと消費者を動かすことは、容易ではないことの証左だろう。

 ハンプトン・クリークは食品の開発に加えて、世界中から植物を取り寄せてタンパク質の特性を分析し、企業向けにソリューションを提供する計画も掲げる。米製薬会社などで微細藻類などの研究を手掛けてきたR&D(研究開発)責任者、ジム・フラット氏は「製薬業界で培った手法を食の分野で展開する」と話す。

 テトリック氏は「既存の食料システムには大企業の既得権や政府の補助金などが絡み、変革は容易ではない。だからゼロからシステムを再構築する」と、あくまで強気。だがこうした壮大なビジョンは、危うさと紙一重だ。

 SECとDOJが調査した疑惑について、三井物産は「不正はなかったと認識している。十分な情報開示を受けている。植物性タンパク質を使用した食品のニーズは高まっており、売り上げも順調に拡大している」とコメントした。

 タンパク質など植物由来の栄養素の製造を手掛ける上場企業の中には、株価低迷に苦しんでいる企業もある。藻類由来の植物性タンパク質などを企業向けに提供しているテラヴィアだ。

 バイオ燃料の会社ソラザイムとして11年に上場した同社は、14年夏以降の石油価格下落に伴って株価が暴落。最近は1ドルを割り込んでいる。バイオ燃料の製造技術を植物性タンパク質など栄養素の製造に転用し、食品原料の供給会社として再起を図る計画だ。昨年、社名もテラヴィアに変えた。だが、株価低迷から抜け出せていない。

 テラヴィアは、バイオ燃料事業で培った有形無形の資産を生かそうとしている。世界中から集めた藻類の中から食品用途に適した機能を持つものを選び出し、発酵タンクで大量生産して食品メーカーに提供する。例えば、卵を使わないパンや、脂肪分を削減したアイスクリームを作りたいといった要望に対して、従来の食感を再現するために必要なタンパク質や脂質などの成分を補える藻類由来の原料を供給する。

<b>藻類を使った代替燃料事業を展開していた米テラヴィアは、食品向け事業に軸足を移した</b>(写真=林 幸一郎)
藻類を使った代替燃料事業を展開していた米テラヴィアは、食品向け事業に軸足を移した(写真=林 幸一郎)
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 食品事業を統括するマーク・ブルックス氏は、「藻類は生命の起源。タンパク質だけではなくDHA(ドコサヘキサエン酸)など多様な栄養素を提供できる。しかも、発酵タンクなどの製造技術は既に確立されているので、生産効率もいい」と話す。その一方で、「株式市場はまだ、食品事業の可能性を十分に理解していない」とも認める。

 昨秋には、「完全栄養食品」をウリに急成長したスタートアップの米ソイレントから、一部の顧客が体調不良を起こした原因は、成分に含まれるテラヴィア製の藻類由来のタンパク質にあると主張された。テラヴィア側は材料自体は安全であり、断定は時期尚早と反論。ブルックス氏は「藻類由来の栄養素は新しい分野で、世間にまだ十分に理解されていない。特に、走りながら学ぶといったシリコンバレー感覚の企業との取引はリスクがあり、今後は大企業との取引に注力する」と言う。

米グーグルのシェフが一目ぼれ

 こうした食の「先駆者」たちに対して、世の中の評価はまだ定まっていない。それでも、この流れに多くのスタートアップが追随している。

 海洋生物の多様性と保全を研究していたドミニク・バーンズCEOが15年に創業した米ニューウェーブ・フーズも、その一つだ。「今や世界の魚の消費量は牛肉を上回っているが、サプライチェーンはサステナブル(持続可能)ではない」(バーンズ氏)と考え、植物性タンパク質でシーフードを代替することを思いついた。

<b>米ニューウェーブ・フーズの共同創業者のドミニク・バーンズ氏(左)は、シーフードを植物性タンパク質で代替することを目指し創業した</b>(写真=2点:林 幸一郎)
米ニューウェーブ・フーズの共同創業者のドミニク・バーンズ氏(左)は、シーフードを植物性タンパク質で代替することを目指し創業した(写真=2点:林 幸一郎)

 目を付けたのが、エビ。水産資源の中で市場規模が最大級であると同時に、乱獲や養殖による環境破壊が問題になっている。共同創業者の材料科学者と共に、エビが食べている藻類やエンドウ豆の植物性タンパク質を使い、「植物エビ」を開発した。

 創業して4カ月後、米グーグル(サンフランシスコ拠点)の社員食堂のシェフに認められ、約90kgをサンプル出荷。タコスなどとして振る舞われて好評を博した。本物のエビのプリプリした食感は完全には再現できていないものの、量産体制を整えて来年からグーグルなどの社食やレストラン向けに出荷したい考えだ。バーンズ氏は、「肉の代替製品はあったがシーフードはなかった。アレルギーの心配もなく需要は大きい」と話す。

 乳製品の代替でも、新たな動きがある。健康志向や動物愛護などの観点から、米国では大豆やアーモンドなどを使った飲料の市場が拡大しているが、14年創業の米パーフェクト・デイが、バイオ技術で来春にも参入する計画だ。

 牛から乳を搾るのではなく、遺伝子操作をした酵母菌が牛乳と同じタンパク質を生み出す。この技術もバイオの世界では45年以上前から知られている手法だという。ただし、それで牛乳を代替しようという発想がなかった。

 バイオ業界出身でベジタリアンの共同創業者、ペルマル・ガンディー氏は、「酪農業界で牛乳を牛なしで作ろうと言っても相手にされないだろうし、薬を開発しているバイオ業界にいたら安い牛乳に技術を応用しようという発想は出てこない」と話す。本物の牛乳と同じタンパク質のため、カルシウムが体に吸収されやすいといった特性も同じ。タンパク質以外の成分も植物由来のもので、カロリーや糖質などのバランスを自在に変えられるという。

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