間近に迫る「培養肉」の実用化
肉を植物からではなく、家畜の細胞を培養して作る動きも活発化している。「あと3年もすれば、レストランで培養肉を食べられる時代がくるだろう」。オランダにあるマーストリヒト大学のマーク・ポスト教授は言う。

培養肉とは、再生医療などにも活用される、細胞の自己組成の特性を応用して作った肉のこと。ポスト教授は牛の幹細胞を取り出して培養し、人工的な牛肉を作ることに成功した。理論的には、牛の幹細胞数個から1万トン以上の牛肉が生成できるという。
ポスト教授は13年に英ロンドンの記者発表会で成果を披露。その後、脂肪分などを工夫し本物らしい味に近づけた。昨年、事業化に向けた新会社モサミートを設立。大手食肉メーカーなどが出資を検討している。課題は量産化だが、ポスト教授は「培養肉のハンバーガー1食当たり10ドルも実現可能」と話す。3Dプリント技術を使い培養肉でステーキを作る検討も進む。
植物肉や培養肉を「気味が悪い」と思う読者も少なくないだろう。そして、こう考えるに違いない。「なぜ、本物の肉が手に入るのに、偽物の肉を作らなければならないのか」と。確かに、日本では糖質制限で肉を食べることがブームになり、世界では肉の消費量は増え続けている。
一方、米国では10年ほど前から牛肉や豚肉の消費量は減る傾向にある。西欧も同じだ。こうした欧米の肉食、特に牛や豚などの赤肉離れが、食のイノベーションを引き起こしている。
「食」革命を起こす6つの力
背景を分析すると、イノベーションを可能にする6つの理由に突き当たる。
1つ目は世界の爆食だ。50年には世界の人口は90億人に達し、タンパク質の需要は現在の約2倍に増大する。しかし、家畜を育てることで得られる動物性タンパク質だけでは、その需要を賄えず、何らかの代替手段が必要だ。
2つ目が、環境負荷の問題だ。『ファーマゲドン 安い肉の本当のコスト』の著者で、動物愛護の慈善団体を主催するフィリップ・リンベリー氏は、「これ以上の農業の大規模化や工業化は環境をむしばむだけだ」と言う。牛などの家畜が吐き出す「ゲップ」などが、地球温暖化の一因になっている、という理由だけではない。畜産には大量の穀物や水が必要になる。1kgの牛肉を作るのに必要な水の量は、同じ量の穀物を育てる場合の約10倍だ。
こうした事実は以前から知られていた。しかし、それをビジネスにする動きが最近になって活発化している背景が3つ目。ミレニアル世代の台頭だ。
00年以降に成人になったミレニアル世代は、“慎重な消費者”として知られる。スマートフォンを使いこなし、健康や環境に対する意識が高い。「赤肉を食べると発がんリスクが高まるらしい」「肉食は環境負荷が高いようだ」といった情報をソーシャルネットワークでやり取りし、自分たちの嗜好を満足させる食品の登場を待ち望んでいる。
そんな潜在需要を掘り起こそうというスタートアップに、人材と資金が集まる。それが4つ目。それまで代替燃料の開発に向かっていた人材や資金が、石油価格の下落で、次の成長分野として食を選んだ。ビヨンド・ミートに出資する米オブビアス・ベンチャーズの共同創業者、ヴィシャール・ヴァシシュス氏は「エネルギーなどサステナブル(持続可能)な事業分野に投資してきたが、植物由来の飲料や食品は急速に伸びており、可能性が大きい」と言う。
5つ目の理由は、「世界の消費財大手におけるイノベーションの停滞」(米ボストンコンサルティンググループ=BCGのディネッシュ・カンナ氏)だ。BCGによれば、11年から15年の間に約181億ドル(約2兆円)相当のシェアが大企業から流出した。
昨年、タイソン・フーズはスタートアップに投資するために1億5000万ドル(約170億円)のファンドを設立。仏ダノンが植物由来の食品・飲料メーカー、米ホワイトウェーブ・フーズを125億ドル(約1兆4000億円)で買収したのも、大企業の危機感の表れだ。
そして最後が、イノベーションを実現する技術の成熟だ。製薬業界で培われたバイオ技術とシリコンバレーのIT技術が両輪となり、遺伝子組み換え作物や植物工場といった農業分野だけではなく、食品分野でもイノベーションが起きるようになった。
人類の歴史を遡れば、こうした動きはまさに「食の革命」(ポスト教授)といえる。最初の「食革命」は18世紀の農業革命。同じ土地で栽培する作物を変えていく輪作など生産性の高い農法が普及した。2つ目が19~20世紀の「食の工業化」で、大量生産が可能になった。そして20世紀後半以降の遺伝子組み換え作物の登場などは、IT・バイオ技術の発展が農業のさらなる高度化を可能にした3つ目の革命だ。
そして現在、ビヨンド・ミートなどが目指す食の再構成は、IT・バイオ革命をベースにしながら、人類の口に入る食品そのものの変革を目指しており、4番目の革命と呼ぶのにふさわしい。
だが、その革命の熱狂には危うさも潜む。PART2ではこの第4次「食」革命で勃興する米西海岸の企業に迫る。
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この記事はシリーズ「特集 第4次「食」革命」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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