肉ではない「植物肉」で作ったハンバーガーが、米国で売れている。健康や環境への意識の高まりなどを背景に、既存の食をゼロから作り直す動きが台頭。食品のみならずITやバイオなど異業種を巻き込み、食のイノベーションが加速する。
米ロサンゼルス空港の南に、広大な工業地帯がある。米オイルメジャー、シェブロンの石油精製施設だ。1911年に建設され、人類の移動手段が「馬」から「クルマ」に替わった20世紀のイノベーションの象徴ともいえる場所だ。
この馬からクルマへという動力源の大転換になぞらえるような、人類の食を一変させる挑戦が始まっている。「肉」を家畜ではなく、別の手法でゼロから作り直そうというスタートアップが担い手だ。その代表が、石油精製施設の向かいに小さなオフィスを構え、「植物肉」を開発する米ビヨンド・ミート(正式社名はサベージ・リバー)。取締役会長のセス・ゴールドマン氏は話す。
「ヘンリー・フォードは馬をクルマで代替した。我々は、肉を植物性タンパク質で代替することで社会を変える。マクドナルドですら、もはや我々が作り出す潮流を無視できない」
ビヨンド・ミートの創業は2011年。社員数が約120人というスタートアップ企業に、業種を超えてそうそうたる顔ぶれが集まる。出資者には米ツイッターの共同創業者が設立したファンドのほか、米マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏の財団、米食肉加工最大手であるタイソン・フーズ、米食品大手ゼネラル・ミルズ、日本からは三井物産が名を連ねる。
ITと食のスターが競演
創業したのは、米コロンビア大学ビジネススクールを経て、代替エネルギーのベンチャー企業などで経験を積んだイーサン・ブラウンCEO(最高経営責任者)。その脇を食品業界の大物たちが固める。米マクドナルド前CEOのドン・トンプソン氏が社外取締役に就任。取締役会長を務めるゴールドマン氏は、米国のバラク・オバマ前大統領も好んで飲んだというオーガニック(有機)飲料「オネストティー」の創業者だ。
ビヨンド・ミートに、シリコンバレーを中心としたIT業界と食品業界のキーパーソンたちがこぞって参画するのはなぜか。そこに、これから生まれる巨大市場を見ているからだ。
ビヨンド・ミートは、植物肉に需要があることを証明した。既に、米国ではベジタリアン(菜食主義者)向けに「Alternative Meat(代替肉)」という冷凍食品売り場を設けているスーパーも少なくない。ビヨンド・ミートはそこで販路を広げてきた。大豆やエンドウ豆から抽出した植物性タンパク質で作った「植物牛肉」や「植物鶏肉」の冷凍食品は、健康志向の消費者の間で人気が出た。米国の高級スーパー、ホールフーズ・マーケットのほか、ウォルマート・ストアーズやターゲットなど約1万1000店舗で販売されている。
そして昨年5月、この潮流をさらに加速する切り札を発売した。冷凍ではなくハンバーガーに使う生の食材「ビヨンド・バーガー」だ。価格はパティ2枚のパッケージで5.99ドル(約670円)。安くはないが、米西海岸を中心としたホールフーズ360店舗のほか、レストランチェーンのベジーグリル28店舗で販売・採用されている。今秋までには数千店に販路を広げるという。
これまでも、大豆などをすりつぶして固めたり、豆腐を使ったりしたベジタブルバーガーはあった。だが、ビヨンド・バーガーは既存の製品とは大きく異なる。パティの構造を分子レベルで科学的に解析し、すべて植物由来の成分で肉の味と食感を再構成したからだ。
タンパク質はエンドウ豆由来のものを使い、肉汁の代わりにサンフラワーオイルなどを追加。アラビアゴムから抽出した食物繊維などでひき肉の食感を出し、赤カブの色素などで赤みを付ける。これらの原料を独自開発した成型機を使って混合・抽出する。
出来上がったパティを熱した鉄板で焼くと、ジューという音を立て油が染み出してくる。肉に似た香りもある。事前に「肉ではない」と聞かなければ、ほとんど違いに気がつかない。
ビヨンド・ミート以外にも植物肉を展開するスタートアップがある。米スタンフォード大学の生物化学の名誉教授、パトリック・ブラウン氏が創業した米インポッシブル・フーズだ。15年には、米グーグルが3億ドル(約340億円)で買収を試みたと報じられた。
遺伝子操作をした酵母菌を使い、肉独特の風味を出す「ヘム」というタンパク質を作る技術を開発。これを植物肉に混ぜ、本物の肉に近い風味を出した。
サンフランシスコやニューヨークなどの大都市を中心に10以上のレストランで、同社の植物肉を使った「インポッシブル・バーガー」を食べることができる。サンフランシスコの店での価格は19ドルと少し高めだが、ある店員は「植物肉のハンバーガーを目当てに来店する客も少なくない」と話す。
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