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●撤退基準を明確に設ける
●撤退基準を明確に設ける
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 世界的電機メーカー、オムロン。同社の代名詞は、健康関連から車載用部品まで、約100の事業を並行して進める多角化・リスク分散経営だ。その戦略の有効性は業績にも表れており、2016年3月期の売上高は8336億円で、営業利益623億円。営業利益率は7.5%に達する。

 そんな同社の経営が、「撤退を即座に決める」という大胆なルールに支えられていることはあまり知られていない。その仕組みはシンプルで、使う指標は2つだけ。一つは売上高成長率で、もう一つはROIC(投下資本利益率=当期純利益/投下資本×100)だ。

 簡単に言えば、この2つの指標が同時に既定のラインを下回った事業(上図の赤いゾーンに入った事業)は、原則として撤退が決まる。経営における意思決定の中でも最も難しいとされる撤退だが、このやり方なら意思決定者が誰であろうと、会議を開くまでもなく即決することが可能だ(撤退決断ライン=X、Yの値は変動する)。

撤退を即断すれば進出も即決可能

 同社がユニークな撤退ルールを持つのはまさに、アイデアがあれば直ちに実行し、見込みがあれば進み、なければ朝令暮改で撤退する「即断即決経営」を極めるためにほかならない。

オムロン
2つの数値で撤退を即決
<b>オムロンの山田義仁社長。創業者の未来予測と撤退基準で、企業の鮮度を維持する</b>(写真=上:アフロ)
オムロンの山田義仁社長。創業者の未来予測と撤退基準で、企業の鮮度を維持する(写真=上:アフロ)

 実際、オムロンは、進出と撤退を即決することで成長してきた。

 まず進出。1933年の創業以来、様々な事業に投資してきた。祖業はレントゲン写真撮影用タイマーだが、世界初の無接点近接スイッチ(60年)をはじめ、自動改札機(67年)、ATM(71年)と世の中にない製品を次々開発。100の事業を持つまでになった。

<b>制御機器や健康器具など様々な事業を展開しているため、事業の状態を正確に測る指標が不可欠</b>(写真=菅野 勝男)
制御機器や健康器具など様々な事業を展開しているため、事業の状態を正確に測る指標が不可欠(写真=菅野 勝男)
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 創業者である立石一真氏が確立した2033年までの未来予測「SINIC理論」に照らし合わせ、将来にわたって需要が見込める事業なら、7割の勝算があればどんどん進出する。

 一方で、見込みがないと判断した事業からは速やかに手を引く柔軟さも持ち合わせている。

 明確な基準を設定したのは山田義仁社長からだが、それ以前から撤退速度は速く、2002年には立石氏の強い思いで参入した温室トマト栽培事業を参入3年にして断念。その後も2003年に指紋認証システムの自社生産、2008年には自動改札機連動型情報配信サービスからそれぞれ撤退している。

 「雲行きが怪しくなったら有無を言わさず撤退する。そんな断固たる全社共通のものさしがあって初めて、企業は失敗を恐れず挑戦できる。即断即決で進出して成果を出すには、まず即断即決で撤退する仕組み作りが欠かせない。それは経営資源の有効活用にもつながる」。山田社長はこう話す。

 「会議なしの即断即決経営」を推し進めるための2つ目の戦略は、独自のルールを作ることだ。オムロンの撤退ルールのように、明確な判断基準を作り社内で共有しておけば、撤退にせよ進出にせよ、意思決定者は決断のプレッシャーに押し潰されずに済むし、たとえ結果が裏目に出ても社内に不満が生まれることはない。

 日本でも、新興企業に目を向ければ、そんなオムロン流の経営を進めている起業家はいる。日本とイスラエルを拠点に、ベンチャー企業への投資事業を手掛けるサムライインキュベート(東京都品川区)の榊原健太郎社長もその一人だ。

サムライインキュベート
下位20%の企業に“機械的”に投資
<b>サムライインキュベートの榊原健太郎社長。日本とイスラエルを往復し、起業家を育てている</b>(写真=北山 宏一)
サムライインキュベートの榊原健太郎社長。日本とイスラエルを往復し、起業家を育てている(写真=北山 宏一)

 業界内でも決断の速い経営者として知られる榊原社長。投資先を探すため、起業家が投資を募るビジネスプランコンテストに審査員として参加することが多いが、参加者のプレゼンが終わり順位が確定した瞬間に投資先を決め、起業家に挨拶に向かうことも。他の審査員はもちろん、融資される起業家たちも驚くスピードだ。

 こんなことができるのは、「コンテストの順位で下位20%の企業に投資する」と最初から決めているからだ。10社参加していれば、9位と10位に狙いを定めることが自動的に決まる。

 「今は、決断のわずかな遅れが投資会社の収益を大きく左右する時代。会議などしている暇はない」。独自のルールで即断即決する理由について榊原社長はこう説明する。

 それは分かるにしても、なぜ上位でなく下位2割なのか。「その方がうまみが大きいから」と榊原社長は説明する。

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 コンテストの最終選考に残るぐらいだから、参加企業の有望性はコンテストの順位ほど差はない。上位に食い込むアイデアは、「分かりやすい」「既に市場が立ち上がりつつある」といった点で下位を多少リードしているだけの場合もしばしば。

 言い方を変えれば、上位入賞企業は「誰でも思いつく」「伸びしろのない」ビジネスであることも少なくない。だったら、多少当たり外れはあっても、今後の成長が見込める下位20%に投資し続けた方が長期的にリターンは高くなる──。これが榊原社長の理屈だ。

 その効果は数字で示されており、2009年に組成した1号ファンドが元本価値7倍、2011年組成の2号は20倍の成果が出そうだ。投資先には、宇宙産業に特化したEC(電子商取引)サイト運営や、登山用の地図開発などユニークなビジネスモデルが並ぶ。

 独自のルールで即断即決経営を展開する会社の中には、取引するかどうかの判断を自動化している企業もある。業務用厨房機器製造大手のタニコー(東京都品川区)だ。

 「業績が厳しかった6年前のこと。当時年商は約350億円だったが、70億円の商売の話が来た。でも基準に合わなかったので即断で取引は見送った」。谷口秀一社長は平然とこう話す。

タニコー
最適取引先を1つの質問で見極める
<b>タニコーの谷口秀一社長。取引先のレストランにも通い、店の雰囲気から景気循環の変わり目を探る</b>(写真=北山 宏一)
タニコーの谷口秀一社長。取引先のレストランにも通い、店の雰囲気から景気循環の変わり目を探る(写真=北山 宏一)

 谷口社長の判断基準も単純だ。ベースとなるのは頭の中の景気循環サイクル表。飲食店から取引の話が来た時、谷口社長はまずこの表を思い浮かべる。そして現在が上昇局面か下降局面にあるか確認した後、取引先に出向き、質問を1つだけする。「今後、値上げする予定はありますか」がそれだ。

 後は簡単。景気の上昇局面なら「値上げする」と答えれば取引開始、「予定なし(値下げする)」なら見送り。下降局面なら逆で「値上げする」と答えれば見送り、「予定なし(値下げする)」なら取引開始、となる(下の図参照)。「飲食業の経営のポイントは結局、価格戦略。これだけで時代の流れが見えている企業かどうかが分かる」。谷口社長はこう話す。

●谷口社長流の景気循環サイクルのイメージ
●谷口社長流の景気循環サイクルのイメージ
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 耳を疑うほどシンプルな仕組みだが、現実に、大手飲食チェーンから舞い込んだ70億円の商いを断ったのは吉と出た。その後、その大手チェーンは業績が著しく悪化し大規模な店舗閉鎖を実施。相手側の契約不履行で在庫の山を抱えてもおかしくなかったという。

 「先のことなんて全く分からない時代は、会議で相談しても正解なんか出ない。自分で決めてやりながら問題修正した方がいい」と谷口社長。6期連続増収増益という実績が、その言葉に説得力を持たせている。

 独自のルールで様々な経営判断をする経営者がいる一方で、社長交代を自動化している企業もある。愛媛県を中心に注文住宅を手掛けるコラボハウス(松山市)は、「業績好調でも社長は約2年で交代」というルールを持つ。現社長が退いた時に次に誰がやるかはあらかじめ決まっており、同社にトップ争いの類いは一切存在しない。

コラボハウス
社長は2年で原則として交代
<b>コラボハウスの清家修吾社長。全社員が考える組織を目指している</b>
コラボハウスの清家修吾社長。全社員が考える組織を目指している

 創業者の清家修吾社長は設立した2008年から2年社長を務め、交代。2015年11月から2度目の社長を務めている。次の交代に備え、名刺にも社長という文字はなく、「最強の雑用係」と印字している。

 トップ人事は大企業の意思決定の中でも、最も膨大な時間とコストがかかる案件の一つだ。社長レースは10年、20年の長丁場で、その間、社内では権謀術数が延々と繰り広げられる。コラボハウスのルールなら、この数十年が1秒に短縮できる。

 異色の社長交代ルールには、現場の自律性を高める狙いもある。「社長が次々に代わることで、社内に『上に頼らず、何事も自分たちで解決しよう』という空気が醸成される」と清家社長は説明する。

「即断即決せよ」をルールにする

 グループ会社の社長は即断即決を是とし、社員はその指示に文句を言わず従うこと。ただし、判断が外れ2年連続減益になると社長交代──。

 即断即決企業の中には、こんなルールを持つ会社もある。インターネット広告代理店大手のセプテーニ・ホールディングス(東京都新宿区)だ。独自のルールは、全グループ会社に適用されている。

 既に触れたように意思決定者がなかなか決断できないのは、失敗を恐れるからだ。だが、セプテーニのグループ企業の社長は即断即決を最重要課題とされており、そうせざるを得ない。

 一方、社員にしてみれば、判断のさえない社長の即断即決に従い続けるのは気がめいる。が、同社の場合、成果を出せないトップは早晩退場する仕組みなので、仮に社長の判断が裏目に出続けても不満はさほどたまらず、自分の評価を上げるためにも、意欲が極端に落ちることもない。

 「社長たちも交代にならないよう策を練り、成功確率の高い即断をしようと心がける。こうしてグループ全体の経営速度と質が高まっていく」。七村守・名誉会長&ファウンダーはこう話す。

 事業撤退から社長交代まで様々な基準を設け、即断即決を心がける経営者たち。彼らは自分たちのルールが万能と考えているわけではない。が、結果としてその多くが不確実な時代の中で成果を上げているのも事実だ。

 AIに比べ、導入に資金や手間がほとんどかからない独自ルール作り。最も低コストで「会議なしの即断即決経営」を実現する方法かもしれない。

日経ビジネス2016年5月9日号 31~33ページより

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