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 役員の前に巨大なモニターが置かれ、今後の経営方針が次々に映し出される。事実上、CEO(最高経営責任者)を務めるAI(人工知能)が、国際関係や市場環境、天候などあらゆるデータを計算しはじき出した結論だ。企業買収から事業進出・撤退までどんな難題も次々に意思決定が下されていく…。

 西暦2045年。AIが人間の脳を超える「シンギュラリティー」が起きれば、全ての企業は、こんな未来型経営に移行するかもしれない。

 「経営判断まではともかく、経営層が持つ機能の多くをAIが代替できるようになる日は遠くない」。こう話すのは米国の研究機関インスティチュートフォーザフューチャー(IFTF)で研究員を務めるデビン・フィドラー氏。現在、「iCEO」と呼ぶ、経営マネジメント業務を自動化できるソフトウエアを開発中だ。

海外進出の是非もAIが判断?

 日本でも、日立製作所が2013年から“経営用AI”の研究を進めている。

日立製作所
経営判断用のAIを数年後に実用化
<b>質問を入力すると約80秒で答えを出し、経営判断をアシストする(日立が開発しているAIの画面イメージ)</b>(写真=アフロ)
質問を入力すると約80秒で答えを出し、経営判断をアシストする(日立が開発しているAIの画面イメージ)(写真=アフロ)
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 「東南アジア市場に参入すべきか?」。こんな文章をAIシステムに打ち込むと、ほどなく結論が出た。「我々は参入すべきです」。合成された女性の声が、賛否に続き、そう判断した根拠をとうとうと述べていく。

 これは、日立が開発しているAIシステムのデモ風景。議題が入力されると、ネット上で約1000万件の関連情報を自動で収集。独自開発した「価値体系辞書」「相関関係データベース(DB)」という2つの機能を駆使し、最も成功確率の高い解を導き出すという。議題入力から結論まで要した時間は約80秒。イーロン・マスク氏の10秒には及ばないものの、日本企業の経営会議に比べれば、これまた破格のスピードだ。

 約25台のサーバーで構成される同AIシステムは現在、英語版のみだが、今年9月までには日本語対応を終える予定。今後は複数の企業と実証実験を進めつつ日立グループ内でも試験適用し、「2~3年後の実用化を目指す」(同社の柳井孝介・主任研究員)考えだ。

 PART1では、不確実な時代を生き抜くには、「会議なしの即断即決経営」に取り組むしかないと結論付けた。ここで、多くの方はこう思ったに違いない。「間違ったら朝令暮改すればいいといくら言われても、カリスマ経営者でもない限り、現実問題として会議なしに即断即決するのは容易ではない」と。

 それは確かにその通りで、経営判断にせよ現場の運営にせよ、意思決定者にかかるプレッシャーは並大抵のものではない。会議という、第三者の意見を聞いて責任を分散させる機会がなければ、かえって決断が遅れる事態になりかねない。また、即断即決して判断が当たっている間はいいが、外れ始めると「慌てて決めるからこうなる」という声が必ず上がり始める。

 そう考えると、イーロン・マスク氏のようなカリスマ経営者がいない“普通の会社”が、「会議なしの即断即決経営」を進めるには、2つの条件が欠かせないことが見えてくる。

①意思決定者が決めるのでなく、“何か”に決めてもらう仕組みにする。

②単に早く決めるのではなく、結果が裏目に出ても社内から不満が出ない決め方をする。

 AIを使った意思決定はスピーディーな上、まさにこの2つの条件を満たす。何しろ「先入観や思い込みなど意思決定を誤らせるあらゆる要因を排した判断」(業界関係者)を下してくれるのだから、意思決定者は安心して背中を押してもらえるし、結果が裏目に出ても誰も文句は言わない。

AIで保険金詐欺を見破る

 実際、経営判断まで行かなくても、現場レベルでの様々な意思決定にAIを活用しようとする企業は、ここへきて日本でも急速に増えている。

 2015年の3社同時上場で話題となった日本郵政グループのかんぽ生命保険はその一つ。同社は米IBMが開発したAI「ワトソン」を、2017年3月までに保険金の支払い業務に導入する計画で、現在、検証を進めている。

かんぽ生命保険
保険金の審査でAIが即断即決
<b>かんぽ生命保険の石井雅実社長。AIを活用し保険業務の効率化を目指す</b>(写真=ロイター/アフロ)
かんぽ生命保険の石井雅実社長。AIを活用し保険業務の効率化を目指す(写真=ロイター/アフロ)

 保険金支払い審査は、契約者が提出する診断書の中身を吟味する医学的知識なども必要で自動化が難しく、各社とも人海戦術で臨んでいるのが実情だ。

 「1つの契約書チェックだけで、請求書の不備の有無や、支払い履歴の状況など様々な部分の確認が必要で、5営業日はかかる。不審な点がある場合は専門の調査会社へ依頼することになり、1~2カ月は見ておく必要がある。その結果、怪しい点が出てきたら、調査期間はさらに延びることもある。顧客を疑う行為だけに、担当者もクロだと即断できない」

 こう話すのは現役の生命保険会社社員。そんな状況だけに、ワトソンが関連法規や過去の事例を参考に、支払いの可否を即断するようになれば、保険会社の調査および審査部の業務効率が飛躍的に高まるのは確実だ。

 人材の最適配置のためAIの活用に乗り出した企業もある。ソフトバンクグループだ。具体的にはプロジェクトチームの組成などに、ワトソンを活用しようとしている。

ソフトバンクグループ
最適な人材配置をAIが判断
<b>新しい組織やプロジェクトのメンバーを選ぶ作業でのAI活用を模索</b>(写真=Martin Hladik/アフロ)
新しい組織やプロジェクトのメンバーを選ぶ作業でのAI活用を模索(写真=Martin Hladik/アフロ)

人材配置もAIで最適化

 これまでは、プロジェクトチームを作る場合、ミッションの内容や必要なスキルなどから、人事担当者が適任と思える人を集めてきた。が、連結従業員数が今や6万人を超えるとあって、力技では限界がある。その点、ワトソンが全社員のスキルや強みや弱み、性格などのあらゆる属性を学習し、チームを自動で編成するようになれば、6万人の中から最適なチームの候補を一瞬で組成することが可能になる。

 大手タクシー会社では、AIにその日のタクシーの配置戦略を任せる試みを開始した。具体的には、保有するタクシーにセンサーを装着し、それぞれの車両が同じエリアに集中しないようにAIが計算。全車の空車率が最低限になるように走行指示を出していく。

 「空車率が1%でも下がると、タクシー会社の収益に大きく寄与する」。システムを開発したNECの山田昭雄データサイエンス研究所長はこう話す。

 先進企業では既に、会社の中の様々な意思決定に使われ始めたAI。今後、意思決定を自動化していく上で、最も有力なツールの一つであるのは間違いない。

即断即決に回帰するパナソニック

 パナソニック創業者の松下幸之助氏は「即断即決」をモットーとする経営者でもあった。1933年、当時まだ珍しかった事業部制を導入したのも、経営の速度を上げるためだったと言われている。

 だが、バブルの声を聞く頃になると、“大企業病”が蔓延。事業ドメイン制などの導入で意思決定構造が多層化し、「たった1つの施策を進めるために、たくさんの人の承認をもらわなければならない会社になった」(同社関係者)。

 現在の津賀一宏社長が2013年度に事業部制度を復活させたのは、そんな状況を改善し、少しでも創業当時の「即断即決企業」に立ち戻ろうと考えたからだ。商品やサービスごとに約90個あったビジネスユニットを50程度に減らし、事業ドメインもカンパニーと名称を変え9個から4個に減らした。多層構造がシンプルになったことで、決裁に必要な承認の数も減った。そして今、さらに意思決定速度を速めるある試みが加速している。

<b>コールドチェーン事業の強化のため、パナソニックは米ハスマンを買収</b>
コールドチェーン事業の強化のため、パナソニックは米ハスマンを買収

 15億4500万ドルを投じる産業用冷蔵庫メーカーの米ハスマン買収、米テスラ・モーターズと共同出資するEV(電気自動車)用電池工場の建設など、大型投資が目立ってきたパナソニック。巨額のカネが動く近年の意思決定の裏にあるのが、「ディシジョンマネジメント」と呼ばれるフレームワークだ。

100億円以上の投資に適用

 例えば、ある投資案件の場合。まず意思決定者や関連メンバーがその目的や枠組みを議論しながら明確化して共有。現場の情報を基に複数の戦略案を作り、関連する様々なデータを用いて将来のリスク要因を分析する。

 「意思決定をする際にリスクや不安などの要素を定量的に可視化するので、自信を持って最終判断ができるようになる」。パナソニックのエコソリューションズ社経営企画部デシジョンサポート課の岩永九州男課長は、こう説明する。

 ディシジョンマネジメントはもともと、米スタンフォード大学の教授が提唱したフレームワークで、パナソニックでは社内カンパニーのエコソリューションズ社が1993年、グループで初めて活用し始めた。

 現在は、エコソリューションズ社だけではなく、パナソニックグループ全体で使っていく方針が出ている。各カンパニーの社長決済案件や、投資額が100億円を超えるなどの重大な意思決定の局面では、この手法でリスク分析して最終判断するルールになっている。

 ディシジョンマネジメントの手法を適用してリスク分析できる案件は、投資だけではなく「新商品をどういう順番で出していくべきか」「この事業から撤退すべきか」などと幅広い。将来は、リスク要因を分析するプロセスにAIを活用し、人間の主観が入らず、より客観的なリスク分析ができるようにしていくことも考えているという。

日経ビジネス2016年5月9日号 28~30ページより

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