「福島のため」という錦の御旗の下、官民挙げた東電成長ストーリーが作られた。混乱に乗じて東電は強さを取り戻そうとしている。根拠を3つ挙げよう。
茨城県の海沿いにある常陸那珂火力発電所では、2基の火力発電所の隣に、最新鋭の石炭火力発電所の建設が進む。中部電との共同出資会社が所有する。2020年度の稼働を目指し、杭打ち工事が進む。その先には原料の石炭が積まれている(写真=的野 弘路)
福島原発の事故から5年半が過ぎた昨年10月、東電の広瀬社長は悲鳴を上げて国に支援を求めた。「(廃炉費用を一括認識したら)債務超過になって、東京電力が倒れてしまう」。2兆円程度としていた廃炉費用が膨らみ続け、天井が見えなくなっていた。もはや東電が単独で対処することはできない。
これを受けて、東電再建や福島原発事故の対応策について議論する経産省主導の東電委員会が発表した廃炉費用は8兆円。見積もりの4倍だった。これも含め事故処理費用の総額は従来の11兆円から22兆円に倍増した。
所管する経産省は東電破綻を望まない。12月下旬、東電委員会が出した提言は「東電をグローバルで競争できる強い企業にする」こと。委員長の伊藤邦雄・一橋大学特任教授は「東電には稼ぐ力を高めてもらわないといけない」と注文を付けた。
東電はいわば「最強のゾンビ」だ。20兆円を超える原発事故の責任を無限に負っているにもかかわらず、今も手元には利益を十分に稼ぎ出せる莫大な資産と、筋肉質になりつつある組織がある。「これを生かさない手はない。東電を改革の旗手とし、収益力を高め、稼ぎを福島に充てる」(経産省幹部)
つまり皮肉なことに、福島原発事故の処理費用が膨らむほど、東電の存在感も大きくなっていく。今進んでいるのは、官民挙げての東電成長シナリオだ。そこに利を見いだした多くの関係者が群がる、まるでバブルのような構図が出来上がりつつある。
茨城県にある東電常陸那珂火力発電所では、杭打ち工事の音が一日中響き渡る。既存発電所のすぐ隣にある敷地で、65万キロワット(kW)級の石炭火力発電所の建設が急ピッチで進む。
2020年度にも稼働を予定する最新鋭の発電所を所有するのは、15年に東電と中部電力が共同出資で設立したJERA(ジェラ)という聞きなれない企業だ。両社は既にこの会社に燃料事業と海外事業を移管。今年3月末には火力発電事業を統合することで合意した。
「JERAは最強のモンスターになるだろう」。あるメーカー幹部はこう話す。日本の発電能力の6割以上を支える火力発電のシェアで東電と中部電は1位と2位を占めている。両社の事業が合体すれば、その火力の規模は他社をさらに大きく引き離す。
最大の火力発電会社が誕生
●東電、中部電の火力発電の出力シェア(2016年12月)
出所:資源エネルギー庁
燃料事業でも国内最大。LNG(液化天然ガス)の輸入量で見れば世界最大だ。規模の圧力で資源国との交渉力を高め、安く購入した燃料を自社で使うほか、必要に応じて外販もする。燃料調達とトレーディング、火力発電とを、ここまで一体運用できる企業は日本はおろか世界でも数少ない。
JERAを成功モデルに今後の更なる業界再編を進めたい経産省にとって、昨年の廃炉費用の膨張による東電の債務超過危機はJERAの危機でもあった。「福島事故の負担が及ぶのではないか」という中部電の不安を払拭するため、経産省は「JERAが稼いだキャッシュを(原発事故のために)全て召し上げるようなことはしない」(経産省幹部)と強調し、ようやく合意にこぎ着けた。
東電内部には広瀬社長を筆頭に虎の子の火力を切り出すことに慎重論もあったが、経産省は再編に前向きな若手幹部を抜擢して周到に筋道をつけた。
その象徴が社内分社化だ。昨年4月、東電は廃炉や原発事業を手掛けるホールディングス(HD)の傘下に、火力発電を手掛ける東京電力フュエル&パワー(東電FP)、送配電の同パワーグリッド(東電PG)、小売りの同エナジーパートナー(東電EP)の各事業子会社がぶら下がる形に体制を変えた。各社がどんな形で再編しても、廃炉を担うホールディングスは残る。
今後の発電所の新設はJERAが担うことになる。東電は利益の一部を事故処理に充てなければならない。そのため、大規模な投資をする財務的な余裕をひねり出すのは難しかった。JERA統合の実現により、これを乗り越える算段を付けた。
原発事故前の自前主義を転換する動きは小売部門でも見られる。16年末、電力小売りを手掛ける東電EPは家庭向け都市ガス事業で日本瓦斯(ニチガス)と提携すると発表した。
火力統合で合意する東電HDの広瀬社長(左)と東電FPの佐野敏弘社長(右)、中部電力の勝野哲社長(写真=的野 弘路)
東電EP(小早川社長:右)は都市ガス事業で日本瓦斯(和田眞治社長)と提携(写真=読売新聞/アフロ)
ニチガスはガス業界で急成長を遂げた異色の企業だ。時に強引に顧客獲得する姿勢を評し「暴れん坊」とも揶揄される。保守的な企業で知られた東電が手を組んだことに驚く関係者は多い。だが東電EPの小早川社長は「(ニチガスは)エネルギー業界の先を目指していくという気概に一番あふれていた」と意に介さない。
東電は都市ガス原料となるLNGを大量に抱えているが、家庭向けガス事業のノウハウはない。一方、ニチガスはノウハウはあるが原料がない。利害は一致していた。今後はJERAのような共同出資会社を作り、異業種がガス事業に参入しやすくする枠組み作りを共同で進めていくことも検討している。「総合エネルギー企業になるという20年来の夢がかないそうだ」とニチガスの和田眞治社長は笑う。
東電は弱者ではなく、成長を続ける強者であることを、提携企業は見抜いている。ある提携先の幹部はこう話す。「東電が利益を追求し、なりふり構わず競争を仕掛けられたら誰も勝てない。ならば組んだ方がいい」。福島原発事故の負担が及ぶ心配はないのか。「そのときは東電が解体されるときでしょう。国にその意志はないと思う」(同幹部)。
アライアンス戦略を急拡大
●東京電力グループの主な提携企業
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