中国が改革開放以降に実現した急成長は、その速さゆえに様々なひずみを生んだ。鉄鋼や石炭の過剰生産や改善が感じられない大気汚染、依然としてある格差……。強硬なトランプ大統領の登場は、実はこれらの課題を解決する好機なのかもしれない。


トランプ大統領は中国との「不公正な貿易」に怒りを見せるが、中国発の安価な製品はそれ以前から問題になっていた。特に中国製鋼材の不当廉売には各国が頭を悩ませてきた。
トランプ大統領は3月31日、対中国をはじめとする主な貿易赤字の原因についての調査報告と、反ダンピング(不当廉売)法の厳格な運用を命じる2つの大統領令に署名した。ウィルバー・ロス商務長官とピーター・ナバロ国家通商会議(NTC)委員長は記者会見で、対中貿易赤字の要因として中国による鋼材ダンピングを例に挙げた。
中国は2016年、約8億トンの粗鋼を生産した。それに対し、生産能力は12億トンに達するとされる。日本の粗鋼生産量は年間約1億トン。日本の生産量の4年分を生み出す設備が余剰になっている計算だ。実際の需要と比べれば、より多くの余剰がある。
うっすら残る違法企業の社名
中国にとっても、鉄鋼をはじめとする重厚長大産業の過剰生産能力解消は、産業構造の転換や製造業の高度化という目標を達成する上で避けては通れない課題だ。
だが、トランプ大統領の通商政策という“外圧”を利用して、課題解決を一気呵成に進めることは十分にあり得る。
既にその兆しは見える。江蘇省北部の新沂市。のどかな田舎の街道から細い道に入ると、会社があったとおぼしき門だけが残る土地が現れた。門に掲げられたプレートに目を凝らすと「華達鋼鉄」の文字がうっすらと見える。
この場所にあった江蘇華達鋼鉄は、違法な「地条鋼」を作っていたとして、江蘇省政府が閉鎖処分にした。地条鋼とは、基準に満たない低品質の鋼材のこと。クズ鉄を溶かして再度固めただけといったものが多く、「ちょっと力を加えただけで曲がってしまうものもある」(日系鉄鋼メーカーの駐在員)。
華達鋼鉄は10年に設立され、6年にわたって地条鋼を作り続けてきた。記者が3月に訪れた時には、建屋は完全に撤去され、門には「土地貸します」と書かれた黄色い紙が貼ってあった。
「設備は全部、政府の人間が持ち去った」。工場の目の前で雑貨店を営む女性がこう教えてくれた。「うちも商売あがったりだから、もう店じまいすることにしたよ」とぼやく。「土地貸します」の張り紙に書かれていた電話番号の主の名前は、華達鋼鉄の経営者の姓と一致する。電話をかけてみると、男性が出たものの、すぐに切られてしまった。
12億トンに達するとされる生産能力のうち、中国政府は20年までに1億5000万トンを削減する方針を打ち出している。昨年は6500万トン分を削減した。
違法な地条鋼はこうした統計には含まれていない。一説には、日本の粗鋼生産量にほぼ匹敵する年間8000万トンの地条鋼が製造されているといわれる。地条鋼が直接輸出されているわけではないが、安価な材料として正規鋼材の需要を奪っており、世界的な鉄余りに拍車をかけてきた。
トランプ政権の通商政策を意識したかどうかは定かでないが、中国政府は今年に入り、6月末までに地条鋼を一掃する方針を打ち出した。
税収目的で放置した地元政府
粗悪な地条鋼の存在は中国国内でもかねて問題視されてきた。華達鋼鉄についても、新沂市の上位組織にあたる徐州市が13年の時点で取り締まりを命じている。しかし、新沂の市政府やその下にある鎮(日本の「町」に相当)の政府は、この命令を無視して華達鋼鉄を存続させた。
徐州市は15年に改めて同社の閉鎖を決定した。しかし、新沂市政府や鎮政府は様々な理由をつけてまたも閉鎖を断った。それどころか、町の財政を支える企業として、幾度も特別貢献賞を与えていたという。華達鋼鉄の閉鎖は、地条鋼撲滅に向けた中国政府の意思を示している。
鉄鋼の過剰生産能力削減は、悪循環の歴史だった。工場を止めても、鋼材の価格が回復すると中小規模の製鉄所は稼働を再開してしまう。その結果、余剰製品が市場にあふれ出し、再び価格が下落する。このようなサイクルを幾度となく繰り返してきた。
だが昨年以降は、「これまでのように一気に稼働が再開することはない」(日系鉄鋼メーカー幹部)。インフラ建設や不動産開発の活発化に伴って鋼材需要が伸び、価格が上昇するという環境の変化があったにもかかわらずだ。「この点にも政府の本気度を感じる」(同)
ただ、昨年実現した6500万トンの削減は、すでに生産をやめていた設備をカウントしたものがほとんどだったとの指摘もある。
過剰生産解消に対する中国政府の取り組みが本物かどうかは、今年の実行力にかかっている。
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