ものづくりに取り組むベンチャー企業にとって聖地となっているのが広東省の深圳市だ。改革開放後に急成長した町の来歴と、誰もが「製造者」になれる時代がかみ合った。中国政府が目指す産業構造の転換は、深圳を“中国のシリコンバレー”にできるかにかかっている。

藤本剛一氏は時々、なぜ自分が今、中国の深圳にいるのだろうかと不思議な気持ちになる。
大学を出て入社したのは広告代理店の電通だった。マーケティングや営業、新規事業開発などに携わり、その間に電通などが出資するベンチャー企業を2社立ち上げた。部長職に就いていた2013年、21年間勤めた電通を辞めた。
カナダのバンクーバーに移り、ブリティッシュ・コロンビア大学など地元の4大学が運営する大学院、センター・フォー・デジタルメディアに入学。そこでのカリキュラムの一環として、大学院の仲間とともに、身に着けて使う子供用ウエアラブル機器の開発プロジェクトに取り組み始めた。
藤本氏らは、狭き門だからパスすることはないだろうと思いつつ、米国のスタートアップアクセラレーター、HAXのプログラムに応募した。スタートアップアクセラレーターとは、起業家や設立したばかりの企業に投資し、事業が立ち上がるまでの間、様々な支援を提供するビジネスだ。
111日間のものづくり合宿
HAXは世界初のハードウエア専門アクセラレーターで、シリコンバレー(SV)と深圳に拠点を持つ。世界中から集まる400~500のプロジェクトから半年ごとに15程度を選んで投資。各チームを深圳に呼んで111日間、製品開発とビジネスモデル構築に没頭させる。
HAXは様々な分野の専門家とつながりがあり、各チームは専門家のアドバイスをいつでも受けることができる。HAXは投資した企業が上場したり、投資した企業の株式を売却したりすることでリターンを得る。
藤本氏らのチームは、HAXが主催する第10回のアクセラレータープログラムに採用され、今年2月末に深圳に来た。今回のプログラムでは、藤本氏らが立ち上げたWalkies Labを含む18社が集まり、アイデアを製品にすべく頭と手を動かす日々を続けている。
北米や欧州、オーストラリアなど様々な地域のチームが選ばれているが、日本人は藤本氏だけ。「日本からの応募は非常に少ない」と藤本氏は言う。
HAXのプログラムに選ばれた企業は、全員で深圳に来ることが義務付けられている。なぜ深圳なのか。それは深圳が今、ハードウエアを開発するのに世界で最も適した場所になっているからだ。
藤本氏は「必要な部品がある場合、まず(中国ネット通販サイトの)タオバオを調べる。そうすると、たいていのものがこの周辺で売っていることが分かるから、買いに行ったり届けてもらったりする」と言う。
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