GEが目指す究極のデジタル工場。「うちには無理だ」と諦めることなかれ。デジタルとカイゼンの組み合わせは、日本の製造現場にも新たな強さをもたらす。

 1990年代にソニーなどが「セル生産方式」を確立して以来、柔軟な多品種少量生産は日本のお家芸だった。

 だが近年、それが揺らぎ始めている。派遣・請負など非正規雇用が増えて人の入れ替わりが激しくなったのに加え、そもそも工場で働きたい若い人の数も減っている。セル生産は、製品を作るのに必要な全工程を一人で担当する方式。そんな優秀な職人を育てる余裕が今のメーカーにはない。

ゲーム感覚で手順を表示

膨大な手順をデジタルツールで分かりやすく表示
事例 1 プロジェクションマッピングで組み立て品目を表示
<b>真っ白な作業台と部品棚に映像を照射することで、作業者が組み立てる品目を自由に変えられるようにした(上)。必要な部品がどこに入っているかは部品棚の表示で知らせてくれる(左上)。多品種に対応するため部品棚の数も多い(左下)</b>(写真=3点:的野 弘路)
真っ白な作業台と部品棚に映像を照射することで、作業者が組み立てる品目を自由に変えられるようにした(上)。必要な部品がどこに入っているかは部品棚の表示で知らせてくれる(左上)。多品種に対応するため部品棚の数も多い(左下)(写真=3点:的野 弘路)
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事例 2 機械で加工する順番はシステムが自動で最適化
<b>部品は原則として購入せずに自社で加工する。その日に必要な部品をどの順番で加工したら効率的かを自動で判断できるシステムを開発した</b>(写真=的野 弘路)
部品は原則として購入せずに自社で加工する。その日に必要な部品をどの順番で加工したら効率的かを自動で判断できるシステムを開発した(写真=的野 弘路)
事例 3 安く手に入るデジタル家電をフル活用
<b>作業手順書の画面切り替えにはゲーム機のリモコンを使う。軽いので腰にぶら下げたまま作業できる</b>(写真=的野 弘路)
作業手順書の画面切り替えにはゲーム機のリモコンを使う。軽いので腰にぶら下げたまま作業できる(写真=的野 弘路)
<b>事例1で作業台に映像を照射するプロジェクターは数万円のもの。手の動きを察知するのは数千円のUSBカメラだ</b>(写真=的野 弘路)
事例1で作業台に映像を照射するプロジェクターは数万円のもの。手の動きを察知するのは数千円のUSBカメラだ(写真=的野 弘路)

 日本のメーカーならどこでも直面しているこの課題を独自の発想で解決し、海外拠点のマザー工場として活躍し続けているのがOKIの富岡工場だ。

 富岡工場が生産するのは、銀行やコンビニエンスストアに設置されるATMや、銀行の営業店などで使われる現金処理機、駅や空港などで使われる自動チェックイン端末など。

 2000年ごろには、数万点の部品を一人で組み上げて複写機を完成させるキヤノンの「マイスター」が有名になったが、ATMやチェックイン端末の多品種少量の度合いは複写機を上回る。

 ATMは銀行やコンビニによって仕様が異なり、現金処理機に至っては、金融機関が支店ごとに違う仕様を求めてくるため特注品に近い。

 そのため、セル生産を導入するのは非現実的。そこで考案したのが、誰でもゲーム感覚でマイスターになれるツールだ。半年前から、デジタル家電を活用した「プロジェクションマッピング作業台」(上の囲み内、事例1)の運用を始め、少しずつ進化させてきた。

 見た目は一般的な作業台とさほど変わらない。作業者が立ってちょうどよい高さに台があり、前方一面に部品を入れられるげた箱のような棚が付いている。色は白で統一している。

 まず作業台の横に備え付けられたリーダーで作業者ごとに割り振られたバーコードを読ませる。次に、部品のバーコードを読ませると、台の上にプロジェクションマッピングのような映像で3つのボタンが映し出された。

 「初心者」「熟練者」「チャレンジ」のうち1つを選ぶと“ゲーム”は始まる。ちなみに選ぶ時はそのボタンの上に手をかざすだけでいい。

 机の右奥には作業手順書、左奥に手本となる作業の映像、中央奥には「部品の方向に注意」といった注意点が投影される。作業を終え、注意点の表示の上に手をかざすと、次の工程に進む。

 作業に必要な部品は前方の棚にあらかじめ入っており、どの部品がいくつ必要かはその部品の入った棚に「矢印」と「数字」を投影して知らせる。

動作を記録、カイゼンの種に

 この方法なら、手順を覚えていなくてもミス無く組み立て作業ができる。どんな機種が来ても平気だ。ただし、これは台に載る程度のサイズのユニットを組み立てるときだけ使う。既に100台弱を導入済みだ。

 完成品に組み上げるときは、液晶画面を作業場のそばに置き、それを作業手順書としている。次の工程の手順に切り替える際に使っているのは、ゲーム機のリモコン(事例3、上の写真)。「軽いので腰にぶら下げても作業を邪魔しない」(新方式を考案した生産技術部の白崎吉則部長)というのがその理由だ。

 プロジェクションマッピングは、数万円で購入したプロジェクター(事例3、下の写真)を棚の上に置き、作業者の頭上に設置したガラスに反射させて台に投影している。ボタンに手をかざしたり正しい部品棚から部品を取ったりしたかどうかは、頭上の左右に設置した2台のUSBカメラで認識している。

 この作業台は、工程によって違った進化を遂げている。例えば、取り扱い機種が多く、その工程で使う部品の種類があまりにも多い場合は、作業台に固定された部品棚には収まりきらない。

 そこで考案したのが、いくつも並んだ巨大な部品棚の前を、人が作業台を移動させながら巡るという方法(事例1の左下)。こうすれば、スペースの許す限り部品の種類を増やせる。

 作業手順は台車前方の画面に表示する。プロジェクターやカメラが各部品棚に固定されており、必要な部品の棚に矢印と個数を投影する。

新人の研修時間が3分の1に

 このシステムは、単に作業手順を表示するだけではなく、どの作業にどれくらいの時間を費やしたかなどのデータも記録している。GEのグローブシティー工場とこの点では同じだ。

 蓄積したデータを分析すれば、どこをどう変えれば組み立て時間を削減できるかを検討できる。手の動きを認識するために設置しているカメラで録画すれば、動きの分析にも役立てられる。

 そうして作業を分析して生まれたのが、前方の部品棚を自動で昇降させられる最新型の作業台だ。作業者が手に取る部品の位置を取りやすい位置に変えることで、動作のムダを省ける。

 これらの作業台を導入した結果、生産性は1.5倍になり、新人の研修にかかる時間は3分の1に削減できた。

 巨額の投資や大胆な構造改革だけが解ではない。知恵と工夫次第でまだまだ競争力は高められる。

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