嗜好の細分化からデジタル化まで様々な環境変化を乗り越えてきたアイドル産業。それを可能にしたのは、想像以上に作り込まれた独自の経営システムだ。そこには、凋落を続けた日本の家電産業が学ぶべき3つの教訓がある。

 東京・秋葉原。アイドルの聖地とされるこの地で、東芝の元社員がメイドカフェを経営している。かつて東芝のノートパソコン事業で市場調査業務に携わっていた鳥山明(仮名)。2003年に東芝を退社し、起業した。3年前からライブハウスのレンタルサービスも開始し、事業は順調に拡大中だ。

 アイドル産業に飛び込んで約15年。鳥山が今、何より思うのは、かつて自分が身を置いた家電産業との変化対応力の差だ。

 古巣である東芝をはじめ、シャープやソニーなどの日本電機勢は、世界的な業界変化についていけず低迷した。パソコン、スマートフォン、テレビ、白物家電……。いまや何をとっても中韓台勢の後塵を拝している。

「変化対応ではるか先を行く業界」

 新興国勢の勃興とコモディティー化によって垂直統合モデルが色あせているにもかかわらず、水平分業モデルへの転換ができなかった電機産業。技術の成熟で差別化のポイントがデザインに移ったにもかかわらず気づかず、「日本製品=洗練されていない」というイメージも一部で定着してしまった。

 そんな電機業界出身の鳥山にとって、アイドルビジネスは変化対応という点で、家電業界のはるか先を行く産業に見える。その最も分かりやすい例が、趣味の細分化への対応だ。

 多くの産業が「1990年代以降、商売が難しくなった理由」として真っ先に挙げるのがこの点。「誰もが同じモノやサービスを求めたマス消費の時代は、最大公約数的な商品を大量生産すればビジネスは成立した。しかし今は嗜好が多極化し、何を作っても大きな商売にならずコストだけがかさむ」というおなじみの言い訳だ。

 しかし、アイドル産業はむしろ嗜好の細分化とともに市場を拡大させてきた。例えば昭和のアイドルの代表、山口百恵のシングル曲で最も売れたのは『横須賀ストーリー』(76年6月発売、以下同)の約66万枚。松田聖子も『あなたに逢いたくて』(96年4月)の約110万枚、中森明菜も『セカンド・ラブ』(82年11月)の約77万枚が“最高成績”で、昭和のアイドルの多くはシングル売り上げが150万枚を超えた実績がない。

 アイドル産業でミリオンセールスが連発され始めたのは、むしろ嗜好の細分化が始まってからで、最大級のヒット、AKB48の『さよならクロール』(2013年5月)は約195万枚を記録した。

インターネットの登場で嗜好の細分化は加速。大人数で対応するように
ラン、スー、ミキで人気を博したキャンディーズ(写真=スポーツニッポン新聞社/時事通信フォト)
2005年にデビューしたAKB48(写真=©AKS)

 アーティスト名を見れば分かるように、嗜好の細分化に対応するためにアイドル産業が打ち出した戦略は、ソロからユニット、そしてグループへの展開、つまり「大人数化」だった。構成メンバーを増やし、様々なタイプのアイドルをそろえれば、多極化したニーズを捉え切れるという発想だ。

 人数が増えればタレントの管理からスカウトまで既存のビジネスモデルを抜本的に変える必要があるが、アイドル産業は1985年の時点で、おニャン子クラブがグループマネジメントの原型を完成させている。

 しかも、“数の増やし方”にも工夫を凝らしていた。

 「例えば、審査員の誰か一人でも『この子いいね』と言ったら、他の審査員全員が『えー!』と言ってもその子を合格させてきた。その人と同じ感覚でいいよねって言うファンが必ず大衆の中にもいるから」(AKB48グループの総合プロデューサーを務める秋元康)

 10人の審査員が10人とも「いい」と思う子は、見た目や個性がどうしても最大公約数的になる。そんな子ばかりそろえればユニットは同質化し、数を増やしても細分化した嗜好をカバーし切れない。逆に「10人のうち9人は否定しても1人が熱烈に支持する子」を優先すれば、組織はどんどん多様化し、多くのファンを獲得できる。これがバブル崩壊以降、嗜好が細分化する中で、アイドル産業が逆に成長した最大の理由だ。

多様化に対応できない理由

 「日本の家電業界は嗜好が細分化する中で『10人が10人ともいい』と思う商品ばかりを開発してきた」(家電業界関係者)。新たな商品を企画する際、最終的に市場に出すためにはいくつもの社内承認を経なければならない。何人もが「これは売れる」と思った平板な商品だけが、初めて世の中に出る。当然、それではとがった商品は生まれない。

 「カラーバリエーションやどうでもいい機能による細分化を、市場の多様化への対応と勘違いし、旧態依然とした商品開発を改めなかったところに家電敗戦の遠因がある」。粉飾決算で経営破綻の危機に立たされている古巣の惨状に思いをはせながら鳥山はこう思う。