どんな革新的なブランドも、時代を経れば陳腐化する。過去の成功に固執すれば競争力を失う。花王の衣料用洗剤「アタック」が示すのは、変わり続けることで「鮮度」を保つことの重要性だ。
和歌山市にある花王の和歌山工場で、箱詰めされ生産ラインを流れていく粉末タイプのアタック。高い洗浄力とコンパクト化で日本の洗濯シーンを一変させた(写真=太田 未来子)
アタックは箱型の粉末タイプから、液体タイプ、濃縮液体タイプへと商品を拡充。現在は濃縮液体タイプが主流だが、粉末タイプの愛用者も多い(写真=的野 弘路)
国内でブランドの競争力を磨き続けながら、海外で戦えるポジションをどう作り上げていくか。アサヒグループホールディングスの苦闘は、その難しさを如実に示している。同様の命題に、日用品の分野で挑み続けているのが、衣料用洗剤のメガブランド「アタック」を持つ花王である。
和歌山市にある花王の和歌山工場。緑色の下地に赤とオレンジの楕円がデザインされた箱型の製品が次々に、生産ラインを流れていく。研究所を併設し、洗剤のほか、シャンプーから化学製品まで多様な製品を手掛ける最大の生産拠点で、花王を象徴する30年ブランドのアタックも生み出される。
アタックと聞いて消費者が思い浮かべる製品は、年代によって様々だろう。東京都内の大型スーパーを訪れると、日用品の衣料用洗剤コーナーには、アタックブランドを冠した商品がずらりと並ぶ。定番の箱型よりも「高浸透バイオジェル」など、ボトルに入った、液体タイプが目立つ。濃縮液体タイプでは「ウルトラアタック Neo(ネオ)」に「アタックNeo 抗菌EX Wパワー」──。発売当初のアタックとは、機能も外見も大きく異なっており「派生商品」とはいえない進化だ。
アタック関連のラインアップは12品目に及ぶ。
アタックの原点である箱型粉末タイプと、小売店の棚を占拠する、バラエティーに富んだ製品。このことが示すのは、王道への「こだわり」と、時代やニーズに合わせて製品を変える「柔軟性」だ。約1800億円とされる国内衣料用洗剤市場の中で、3割強のシェアを押さえ、20年以上もトップの地位にある強さの源泉がそこにある。
「アタックは花王の持てる最先端の技術や知見を投入していくブランド。ただし、それはあくまで、時代や消費者のニーズに応えるため」。20年以上アタックのR&D(研究開発)に携わる開発研究第2セクターハウスホールド研究所の柳澤友樹室長は、技術の押し付けでなく、常に生活の課題解決の視点から発想してきたという。
1987年、アタックは洗浄力を飛躍的に高め、かつ従来品の4分の1という小型サイズの容器で登場した。「スプーン1杯で驚きの白さ」というフレーズと、コンパクトで買い物しやすく、狭い家でも置きやすいという、分かりやすいメリットによって、日本の洗濯シーンを一新した。それを実現したのは、繊維内の汚れを引き出して落とす独自の活性バイオ酵素。これがアタックの「圧倒的な洗浄力」を導き出す源泉だ。
30年間で30回以上の改良
ただ、革新的な技術もいずれ陳腐化し、消費者は新たな価値を持った商品に流れていく。花王がアタックの「寿命」を延ばすために取った戦略が、過剰にも見える、改良に次ぐ改良だった。
粉末タイプでは、2001年に冷たい水でも粉末がすぐに溶ける「エアーイン構造」と呼ぶマイクロ粒子を実用化。06年には漂白成分と柔軟成分を配合したタイプを発売し、わずか3年後の09年には「高活性バイオ酵素」と呼ぶ、より洗浄力の高い成分を採用した。
粉末タイプはこうした大型リニューアルを含め、30年間で大小30回以上の改良を繰り返してきた。柳澤室長は「業界では『これほど中身がぐるぐる変わる洗剤も珍しい』といわれる」と笑う。
だが、アタックも順風満帆だったわけではない。2000年代に入ると米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)など競合他社が液体タイプで攻勢をかけ、衣料用洗剤の主流が変化。花王も液体タイプを強化したものの、対応が後手に回った影響で一時シェアを落とした。
もしも過去の粉末タイプの成功にこだわり続けていたら、アタックの「鮮度」が落ちるのは必然だったろう。しかし、花王は強みの研究開発力を総動員して、水の使用量を大幅に抑え、すすぎを従来の2回から1回に抑えられる濃縮液体タイプの「アタックNeo」を09年に投入。環境対応を訴求し、開発競争の主導権を取り戻した。
その後も、主力品と位置付けた濃縮液体タイプだけで十数回の改良を実施。立ち位置を柔軟に変え過去の成功を「捨てた」ことで、ここ10年でシェアは7ポイントアップしている。
消費者離れを招くメーカーの「独りよがり」を排し、ブランドの強さを維持し続ける条件は何か。吉田勝彦・専務執行役員は「我々は消費者、生活、価値観の変化を最も早く、よく知る会社でありたい。当然、商品の開発や改良についての『アクセル』や『ブレーキ』はそれに合わせて踏んでいく」と強調する。一貫して緻密な消費者調査に基づいた商品戦略を進めてきたのだ。
吉田勝彦・専務執行役員は消費者起点を強調(写真=的野 弘路)
花王では各ブランドについて、定期的に、他社の競合製品などと比べるベンチマーク調査を実施している。商品に対するイメージなど複数の項目から、そのブランドの現在の競争力と将来予測される競争力を数値化。それに基づいて商品を改良したり、ときには終売したりする。基準となるのは、あくまで科学的なデータだ。
例えば、かつて食器用洗剤の市場で、一定のシェアを持っていた「ファミリーフレッシュ」は、一部を除いて終売を決断。新たに「キュキュット」を投入し、市場での存在感を高めた実績がある。吉田専務執行役員は「あまりに消費者ニーズから乖離したブランドは無理には引っ張らない」と説明する。
現在、アタックで改めて注力するのはコミュニケーションの改善だ。CMなども試行錯誤しながら進化を目指す。
30周年を迎えた今年は、テレビCMなどにサッカーの本田圭佑選手や人気タレントの渡辺直美さんを起用。アタックと同じ30歳前後の彼らが各分野で挑戦する姿を「汚れ=頑張った証し」と定義し、「どんな汚れも任せろ。」と結んだ。アタックの洗浄力に力強いメッセージを組み合わせることで、20~30代の若い消費者の取り込みを図る。
ファブリックケア事業グループの野村由紀ブランドマネジャーは「従来のように機能を前面に押し出すのではなく、社会生活における汚れの意味を捉え直し、アタックがどのような価値を提供できるかを伝えたい」と語る。
30年間、消費者に寄り添い「洗濯」を進化させた
●アタックの主な新商品やリニューアル
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