東京と地方経済分断の背景にあるのは、東京の成長停滞だった。サービス産業化が進む中、過当競争と金融停滞が首都をさいなむ。大企業の成長も大きく落ち込み、牽引力は望むべくもない。
様々なデータが東京の停滞を示している
日本全体では伸びているが、東京はマイナス成長
●日本と東京のGDP(国内総生産)増減率の推移
出所:国民経済計算、都民経済計算を基に本誌作成
東京の成長率は全国で31位
●成長率上位と下位の都道府県
注:直近データである2013年度の各都道府県の域内総生産の前年度比増減率
出所:内閣府県民経済計算を基に本誌作成。▲はマイナス
オフィス賃料の伸びは地方主要都市に劣る
●都市別オフィス賃料の前四半期比伸び率
注:東京、大阪はグレードA物件対象。2016年10~12月の数値
出所:米不動産サービス大手、CBRE
5年間の時価総額上昇率は関西勢に負ける
●本社所在地別の企業時価総額の推移
注:TOPIX500採用企業を対象として本社所在地別に時価総額の推移を比較した。2012年第1四半期を100として指数化
「東京都心を経由せずに6つの高速道路を相互に利用できます」
2月26日、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の境古河インターチェンジ(IC)~つくば中央IC間が開通し、1985年に建設が始まった圏央道の茨城県内区間が全通した。
圏央道は相当部分が開通した
●首都圏3環状の開通状況
圏央道の開通で首都圏の交通混雑は一部解消された(写真=読売新聞/アフロ)
東京から放射線状に延びる「東名」や「中央」、「関越」など9つの高速道路をつなぐ環状の高速道路は3つある。一般に「3環状」と呼ばれる高速道路は内側から順に中央環状線、東京外郭環状道路(外環道)、圏央道という名称が付いているが、今回の開通で、例えば千葉県成田市の成田国際空港から圏央道を走り続ければ渋滞が多発する首都高速を通らずとも東名高速に抜けることができるようになる。「埼玉県の立地環境は大幅によくなる」(県企業立地課)。圏央道の建設が着々と進むことを喜ぶ首都圏の自治体は多い。
首都圏を通る高速道路の建設は急ピッチで進み、2020年までには3環状の9割が完成する予定。すでに15年には首都高速中央環状線が開通している。中央環状線の全長は47km。こちらは渋谷、新宿、池袋といった繁華街の地下をぶち抜く高速道路だ。これにより交通渋滞の度合いを示す渋滞損失時間は首都高全体で4割減ったという試算もある。
圏央道の総事業費は約3兆円、中央環状線は約2兆円。莫大なおカネを投じた大事業は当初、「東京の混雑解消が目的だった」(1970年代末から圏央道や外環道の建設に関わった建設省=現・国土交通省=の元官僚)。
東京は成長しているのか
だが、お決まりのように事業費が膨張。それでも建設が続いたのは、東京の機能を高めれば、日本経済の底上げにつながるという考えが根底にあったからだろう。
東京の機能高度化は鉄道インフラの整備を見てもわかる。下の図は、東京から地方への鉄道による時間距離の変遷である。新幹線や高速鉄道網の整備で、東京との時間距離は、時代を追って短縮している。東京を核とした経済構造を作り上げようとしてきたことは言うまでもないだろう。
東京からの移動時間は年々、縮んでいる
●東京から地方への鉄道移動時間を示した「時間地図」
注:東京大学の清水英範教授と東北大学の井上亮准教授の研究データを基に本誌作成
新幹線は九州から北海道まで張り巡らされ、東京との時間を大幅に短縮した(写真=毎日新聞社/アフロ)
しかし、東京は本当に成長しているといえるのか。
確かに東京を中心にした首都圏への人口流入は90年代後半から再び増え始め、現在は戦後3度目の集中期に当たる。大阪、名古屋圏への人口流入は80年代以降止まっており、人の流れだけを取れば一極集中といえる。
しかしGDP(国内総生産)成長率に相当する東京の都内総生産(名目)の伸び率は、直近の全国版統計(2013年度)で前年度比わずか1%増にすぎない。全国で31番目という低い水準だ。
さらに驚くべき数字がある。東京都が独自に集計した都民経済計算(見込み)によると、16年度は1%のマイナス成長にまで落ち込んでしまうというのだ。
毎年、世界の都市総合力ランキングを発表している森記念財団のまとめによると、シンガポール、香港、上海、北京などアジア新興国の主要都市は16年に4.5~8.2%の成長を遂げており、東京はここでも大きく水をあけられている。
東京の景気低迷の主因は、卸売り・小売り(マイナス1.1%)と金融・保険(同2.4%)などの業績が低迷したことにある。「16年は、円高でインバウンド消費が減り、その恩恵を受けてきた東京では小売りが停滞した。原油価格の下落で東京に多い商社(卸売り)も影響を受けた。金融はマイナス金利の影響で、やはり東京に多い銀行の収益が苦しくなった」(UBSウェルスマネジメントチーフエコノミストの青木大樹氏)。サービス産業が不振に陥り、それが経済全体を押し下げたのである。
それにしても、長期にわたって人口流入が続きながら成長しないのはなぜなのか。アンバランスを生んだ原因の一つは、東京経済のサービス化が進みながら、そのサービス産業の付加価値そのものが増えていないことにある。
東京を中心とした首都圏にだけ集中が進む
●3大都市圏への人口流入の推移
注:首都圏は、東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県。名古屋圏は、愛知県、岐阜県、三重県。大阪圏は大阪府、京都府、兵庫県、奈良県。各地域の転出入を相殺した数値 出所:みずほ総研の資料を基に本誌作成
止まらないサービス産業化
東京の産業構造はすさまじい勢いで変化した。1965年には製造業18分類のうち、自動車、電機、化学、金属製品など9業種で出荷額が全国1位だったが、今は印刷や皮革製品など2業種のみ。70年代半ば以降、トップの2業種を除いた他業種は、愛知県、静岡県、大阪府などに取って代わられた。2000年以降は特に変化が速く、製造業出荷額は00年の15兆3000億円から14年には8兆2000億円へほぼ半減している。
製造業の衰退に代わって急拡大したのがサービス産業だ。都内総生産に占める卸売り・小売り、金融・保険、不動産、情報通信、サービス業の割合は1980年の62.3%から2014年には74.9%に上がっている。しかも、1980年の統計では、情報通信の中に別業種である運輸(4%程度)が加えられており、それを除いて考えると実際の変化率はさらに大きくなる。
産業構造が大きく変わった東京にかつてのような経済の力強さはない。
昨年10月末、東京・京橋にできた32階建て複合ビル、京橋エドグラン。オフィスに飲食店や高級スーパー、多目的ホールなどを備えており、京橋再開発の柱と期待されたが、当初はオフィスが募集目標に届かず、賃料を10%程度下げてようやく埋められたといわれている。
エドグランだけではない。東京の2016年10~12月期のオフィスビル賃料(Aグレードビル)は、前四半期比でわずか0.6%増。札幌が2.7%、福岡は2.6%、京都も1.6%の上昇なのに対し、極めて低い水準だ(冒頭の「都市別オフィス賃料の前四半期比伸び率」グラフ参照)。
企業収益に天井感が見えてくる一方で、オフィスの大量供給は今後も続く。森ビルの調査によると、16~20年までの5年間に東京23区で新たに竣工するオフィスビルの床面積は572万平方メートル。東京ドーム約120個分に相当する広さだ。
みずほ証券の上級研究員、石澤卓志氏は「グローバル化が進む大企業は国内景気とは別に、東京の本社機能を高めようとする。そうした需要を見込んでの建設ラッシュだろう」と分析する。
一方、地方は需要に見合う程度しか建設されないため、賃料が上昇しやすい。地方とは分断された東京の経済構造が、サービス産業(不動産)の付加価値を高める力を落としているのだ。
不動産だけではない。東京都内のホテルは、客室数が04年度から14年度までの10年だけで2万4000室増え、延べ14万4000室となった。
今年2月、東京・日本橋横山町に風変わりなカプセルホテル「ファーストキャビン」がオープンした。
1室の面積は4.4平方メートルと2.5平方メートルの2種類。蚕棚のような通常のカプセルホテルより広く、共同施設として大浴場やカフェも備えた。それでいて料金は広い部屋が6800円、狭い方が5800円。ビジネスホテル並みの快適さと高級感を狙った戦略で、09年4月に大阪市に1号店を出して以来、今回が9店目。15年から出店ペースを加速させ、今年はさらに4店を出す計画だ。
ファーストキャビンと競合するのは、1泊6000円から9000円程度のビジネスホテル。最も顧客層の厚いゾーンに低価格で挑む。出店は軌道に乗り始めたばかりだが、売り上げは順調に伸びており、22年には100店に広げる。出店の中心は「市場の大きい東京」(大和田雅子・経営企画室マネジャー)だ。
ホテルの分野で最も市場規模が大きく、激戦の価格ゾーンでファーストキャビンの存在感が高まれば、東京の既存勢力は料金を上げづらくなる。当然、次にくるのは競争激化が生む低価格化である。
新興勢力による挑戦が、サービス産業の低価格化をもたらすだけではない。異業種間のぶつかり合いも、価格を上げにくい構造を作り出している。
「やっぱり来たか」。今年2月28日、セブン-イレブン・ジャパンが、コンビニエンスストアのセブンイレブン全店を対象にレギュラーコーヒーとパン1個の組み合わせで、本来の値段から約17%割り引いた200円の朝セットを発売。コンビニ業界だけでなく、外食業界からも警戒の声が上がった。
コンビニが弁当やおにぎりを充実させるにつれて、外食産業と競合するようになったが、それを加速させかねない動きだからだ。朝セットは全国販売だが、影響が大きいのはハンバーガー、牛丼などファストフードや、低価格なファミリーレストランが集中する東京。値上げしづらい環境が業種を超えて広がっている。
サービス産業の付加価値が増えないもう一つの要因は、「サービス産業の中核である金融業の停滞」(大久保敏弘・慶応義塾大学教授)にある。
1980年度の都内総生産に占める金融・保険業の付加価値の割合は11.9%だったが、2014年度は9.6%と、むしろ縮小している。算出ベースが少し異なるといった事情はあるが、同年のGDPに占める金融・保険業の付加価値の比率は、英国が日本の1.7倍、米国は同1.6倍に達している。
「製造業の比率が低下していくのは、先進国の主要都市では一般的な傾向。それに代わる中核産業として金融が付加価値を稼ぐことが多いが、東京はその点で置いていかれている」(山崎朗・中央大学教授)。
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