1955年に始まった「春闘」。労働者の賃金を決める仕組みは制度疲労を起こしている。高度成長、人口増を前提にした制度は限界を迎え、新たな分配の仕組みが必要だ。

(写真=毎日新聞社/アフロ)

 「闇夜の一人歩きは怖いからお手々つないでいこう」

 「太田ラッパ」と親しまれた元総評議長の太田薫氏が音頭を取り、「春季賃上共闘総決起大会」が開催されたのは1955年1月のことだった。労働組合が会社側との交渉力を高めるため、全産業あるいは産業別に足並みをそろえ、経営側に賃上げなどを要求する「春闘」が実質的にスタートした瞬間だ。

 55年は、日本の高度経済成長の基礎が築かれた年となった。企業、労働組合、学識者で構成する日本生産性本部が発足し、現在の日本経済の最重要キーワードである生産性向上を目指す活動が始まったのだ。①雇用の維持拡大②労使の協力と協議③成果の公正な分配──。今も労使関係の基本的な考え方である「生産性三原則」が共有された。