JR各社の経営には国鉄時代の発想が色濃く残る。自ら需要を創出して稼ぐ経営には、ほど遠い。
東京・新宿駅前に昨年開業したルミネの商業施設「ニュウマン」。売上高は初年度200億円の計画を下回る見通しだ(写真=アフロ)
「投資に見合うリターンが上がったとの説明だが、結果が出ているとは思えない」。昨年末、東日本旅客鉄道(JR東日本)の投資家向け説明会で、参加者が首脳陣に厳しい意見を浴びせた。
投資家が指摘したのは、鉄道事業が頭打ちの中、会社の成長に不可欠な生活サービス事業についてだ。
同事業の内訳は「ショッピング・オフィス事業」と「駅スペース活用事業」の大きく2つに分かれる。前者は子会社ルミネやアトレが運営する駅ビル商業施設などから成る。後者の駅スペース活用はコンビニエンスストアのニューデイズや、駅の構内を活用してテナントを集めたエキュートが含まれる。
JR東日本は10年以上前から駅という優良不動産の活用を掲げ、多くの商業施設を造り事業を拡大してきた。だが2014年3月期~2016年3月期の最近3年間は両事業とも、業績の伸びが鈍化している。
JR東日本の流通事業の象徴的な存在であるルミネ。2000年前後から、当時伸び盛りのセレクトショップを積極的に誘致。ファッションの集積地として、百貨店を脅かす存在になった。
現在は首都圏で15施設を展開するが、ここにきて勢いに陰りがみえる。
昨年3月、東京・新宿駅に鳴り物入りでオープンした大型商業施設「ニュウマン」。30~40代の女性に明確にターゲットを絞り、飲食など物販以外の消費ニーズへの対応も狙った。ルミネによる新世代の駅ビルという位置付けだ。
だが、初年度に200億円という売り上げ計画は達成できない見通し。2月下旬の週末に訪れると上層階の物販テナントの客足はまばらだった。近くに店舗をもつ百貨店の幹部は「何を売りにしているのかが分かりにくく、フロアごとの満足感が少ない印象」と話す。自店に目立った影響はないという。
「立地に甘えていた」
元JR東日本副社長で、現在はルミネの社長を務める新井良亮氏は、JR東日本の生活サービス事業を、こう評価する。「顧客ニーズの広がりに応じて業態を広げてきたが、必ずしも質の向上にはつながらなかった。その結果、売り場の作り込みが不十分な例が増えた」。
JR東日本の生活サービス事業の収益力に陰りも
●駅スペース活用事業(エキュート、ニューデイズなど)
●ショッピング・オフィス事業(ルミネ、アトレなど)
グループの既存の施設も、苦戦が目につく。アトレは2017年3月期、既存店ベースの売上高が前の期と比べて2%弱減る見通しだ。テナントの中で構成比が高い衣料が不振だった。石司次男社長は「顧客のニーズに対応した、新たな価値を提供できなかった」と話す。
都会の駅には自然と乗降客が集まる。やって来る乗降客を、買い物へと誘導する店舗さえ作れば、ある程度の収益を出し続けることは可能だ。JRにとっては流通は重要な多角化の柱だが、その実態は「独占事業」である鉄道を毎日同じように走らせ、安定した運賃を得てきた国鉄時代のビジネスモデルから、大きく進化したものとは言いがたい。
JR東日本の元経営幹部は「生活サービスは、常に変化を続け新しい価値を生み出す必要がある事業。注意しておかないと、変わらないことを第一とする鉄道事業の発想がすぐに入り込んで、停滞を招いてしまう」と指摘する。
生活サービス事業を担当する表輝幸執行役員は「立地への甘えが多分にあった」と反省する。同社は、グループの施設で買い物をしている客数は乗降客の4分の1程度と推定する。裏を返すと、駅を利用する顧客の実に4分の3を取り逃がしている計算になる。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の安藤誠悟シニアアナリストは「立地の良さを考えると、現在の倍以上の収益を上げてもおかしくない」と手厳しい。
東京急行電鉄は地域と街作りを進め、複合施設「二子玉川ライズ」を開業した(写真=アフロ)
JR各社は地域と連携して人の流れをつくり、駅から離れた場所にいる顧客を自ら取りに行く意識は薄かった。この点では私鉄各社が先行している。例えば2015年、商業施設やオフィスから成る複合施設「二子玉川ライズ」を完成させた東京急行電鉄。1980年代から地元の再開発組合に参加し、自治体や地権者と二人三脚で開発。東急の二子玉川駅周辺住民にとどまらず、広い地域の人に交流の場を提供し、にぎわいを作り出した。
売上高に占める運輸事業の割合を見ると、JR東日本、東海旅客鉄道(JR東海)、西日本旅客鉄道(JR西日本)の3社が64~77%と高い。パート2でみるように、JRでは最も多角化を進めてきた九州旅客鉄道(JR九州)でも4割はある。それに対して東急は17.5%、阪急阪神ホールディングスが32.1%と低い。私鉄が歴史的に鉄道以外の事業を育ててきた結果であり、民営化後の30年、「前例踏襲」で鉄道に依存した経営を続けてきたJRとの差は大きい。
私鉄は鉄道事業への依存度が低い
●JR旅客6社と私鉄の、運輸事業の売上構成比
注:売上高に占める割合。2016年3月期の連結実績
予想PER(株価収益率)も近鉄グループホールディングスの28倍に対してJR東日本は15倍と、株式市場での成長力への期待は私鉄の方が高い。
「自分たちの土地をどう活用しようと勝手だ。なぜいちいちあなたたちに言う必要があるのか」。首都圏のJR主要駅近くにある商店街組合の幹部は、JR東日本の担当者の開き直ったような言葉に、怒りがこみ上げてきた。
この駅では、JR東日本が複数の出口に次々と商業施設を建てた。客を奪われ、商店街は衰退。JRは追い打ちをかけるように、改札内に「駅ナカ施設」を作ることを決めた。計画を知らなかった商店街幹部は慌てて事情を聞きに行ったところ、先の発言が飛び出した。
「立地の良さから、テナントとして入りたいという声の多さにあぐらをかいているのではないか。周辺地域への思いやりがみじんも感じられない」と商店街幹部は憤る。「独占企業」だった国鉄時代そのままの、官僚的で傲慢な振る舞いが残るうちは、地域を巻き込んだ、ビジネスの創出などできないだろう。
この記事はシリーズ「特集 JR 思考停止経営からの決別」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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