国全体が仕事の対象

 俺たちの若い頃は良かった──。菅原の発言には懐古主義のにおいがしなくもない。が、本人はそれを否定する。菅原が若手官僚として過ごした1980年代、日本製の自動車や半導体が世界を席巻した。その結果、貿易赤字に苦しむ米国との間で貿易摩擦が生じ、国益を守るため、当時の通産官僚たちは昼夜を問わず駆けずり回った。

 「あの頃は仕事の大半を貿易摩擦に費やさざるを得なかったが、今は違う。我々は官邸や他省庁にも根を張り、日本全体をどうするか自由に考えられるポジションにいる。今の方が圧倒的にミッションは広がっているんだよ」

 それなのに…と続く菅原の言葉からは、嘆きというよりある種のもどかしさが伝わってくる。

 下記の一覧表を見てほしい。安倍政権を支える内閣官房には第1次安倍政権から官邸入りした秘書官の今井尚哉(82年)を筆頭に、主に通商を担当する秘書官、宗像直子(84年)、広報官の長谷川栄一(76年)ら経産省出身者が並ぶ。

「経産官僚」は官民問わず各界に散らばる
●経産省(通産省を含む)の主な出身者と入省年次
(写真=背景:アフロ、安倍首相:Chip Somodevilla/Getty Images、原山氏・今井氏:読売新聞/アフロ、西山氏:時事、保元氏:的野 弘路、長谷川氏:AA/時事通信フォト、斎藤氏:竹井 俊晴、細田氏:Natsuki Sakai/アフロ、岡田氏・江田氏:読売新聞/アフロ、世耕氏:北山 宏一、菅原氏:的野 弘路、高橋氏:共同通信)

 成長戦略の方針を決める「未来投資会議」。こうした重要な会議体の運営を担当する、首相直轄の日本経済再生本部を実質的に取り仕切っているのは、次官の菅原と経済産業政策局長の柳瀬唯夫(84年)。他省庁の幹部、自民党の要職、自治体の首長にも数多くの経産省出身者が名を連ねる。

 それだけではない。人事名簿には載らないが、もっと大きな地殻変動が若手・中堅官僚で起きている。首相のサポート役である内閣官房に40人強、複数省庁をまたぐ案件を横断的に扱う内閣府に90人弱が出向するなど、他省庁への派遣は数百人規模に上っている。これは他省庁と比べ、際立って多い数字だ。経産省幹部は「政府主導で何かをやろうとすると、『人を出せ』と必ずうちの人間に声がかかる」と話す。

 こうした動きは、予算規模を増やす従来型の省益拡大とは異なるという。「経産省が陣地を拡大しているように見えるかもしれないが、権限を手放しており、予算や許認可の執行は相手省庁の業務になる。我々は人材派遣に近い」(菅原)。実際、経産省が提出した来年度当初予算案(一般会計)は今年度比で1.5%増の3420億円。東日本大震災発生後の2011年度以降、ほぼ横ばいで推移している。

 ミッションの広がりは何も産業政策に限った話ではない。社会保障や働き方など制度改革、規制緩和、税制改正、果ては外交に至るまで経産官僚が深く関わるようになっている。

 今や国政は経産省の存在なしには成立し得ず、「経産省政府」と言っても過言ではないだろう。

 旧通産省の頃よりも活躍の場が飛躍的に広がっているのにもかかわらず、担い手である若手の視野は逆に狭くなっている。ある幹部はこれを「経産省の財務省化」と表現する。