アベノミクスのデフレ脱却政策に呼応し、ここ数年、値上げに取り組む企業が増えている。その中には、想定以上の客離れによる利益減少に陥る会社も少なくない。価格引き上げ自体が悪いのではない。引き上げの幅が不十分なのだ。
「家具販売の世界でもデフレは依然続いていて、従来品より1~2割高い新製品を出しても、なかなか売れない。だったら中途半端なことはやめて、いっそのこと価格が100倍の新製品を出した方がいい」
「4000万円テーブル」以外にも、1000万、2000万円クラスの超高級家具を多数取りそろえる。写真は関文彦社長と2160万円のテーブル(写真=松隈 直樹)
こんな荒唐無稽な主張をする経営者が九州にいる。福岡県大川市に本社を置く家具製造販売会社、関家具の関文彦社長だ。
1968年の創業で、売上高は149億円(2016年6月期)。バブル崩壊やデフレ不況の荒波を乗り越え、創業以来48期連続で増収を続けてきた。今では全国15カ所にショールームを構え、営業エリアは東北から九州をカバー。そんな同社の成長の原動力となっているのが売上高の2割を稼ぎ出す高級家具部門であり、その最大の特徴が「価格100倍戦略」だ。
価格100倍の方が商売が楽
例えば同社には一脚4320万円(税込み、以下同)のテーブルが売られている。40万円前後の“普通の高級テーブル”も扱っているものの、主役は、樹齢千数百年の屋久杉を使った2160万円のテーブルであり、カヤの木を純金などでコーティングした4000万円のシャンデリアだ。
4000万円のシャンデリアとして販売予定の樹齢2000年のカヤの木(写真=松隈 直樹)
「高級家具を扱う同業他社は、当然のごとく、数が出る40万円のテーブルに力を入れているが、ここは高級家具分野では激戦ゾーンで、労多くして実り少ない。それに対し、4000万円のテーブルは競合もなく、独壇場になる」(関社長)
もっとも、この荒唐無稽な価格戦略を成立させるには前提条件が必要だ。まず、そこまでとてつもない強気の値決めをする以上、購入者が心から納得できる凄い付加価値が欠かせない。
4320万円のテーブルは、超希少樹「イチイ」を一枚板で加工した長さ4m、幅1mの大型家具だ。イチイは別名アララギ。年輪が細かく、他の樹木にない優美な光沢を放ち、仁徳天皇が笏(しゃく)を作らせ「正一位」に授けたのが名の由来との説もある。
かつては日本、アジア、シベリア一帯に分布していたが、今では鳥取県の大山などに自生するのみで、特別天然記念物とされるものもある。加工材としては彫刻や寄せ木細工向けが少量流通しているが、4m級の家具に使える大木など普通は手に入らない。
そんな希少木材をなぜ関家具が入手できたかと言えば、自生しているものではなく、福島県から宮城県へ流れる阿武隈川の川底深くに沈んでいたものを地元の林業者が奇跡的に発見し、買い付けたからだ。推定樹齢は2000年。貴重な樹木があればアフリカまで駆けつける関社長だが、その関社長をしても、「一生に一度、手に入るか入らないかの代物」だ。関家具はこれを長い時間を掛けて乾燥し、商品化した。
富の偏りで高まる高級品ニーズ
とはいえ、どんなに貴重なものでも、その希少性を理解しカネを惜しみなく払う顧客がいなければビジネスにはならない。この点について関社長は「『太古の昔より水底に眠り続けてきた世界に1つしかない材木で作ったテーブルで食事をする』というロマンに、数千万円程度のカネを出す金持ちは、世界を見渡せばいくらでもいる」と指摘する。
4320万円のテーブルはイタリアの大富豪が購入した。欧州貴族の末裔(まつえい)には途方もない資産を保有し、世界に1つしかない高級品を物色する資産家が多数おり、関家具は彼らの情報を握る有力ブローカーとパイプを持つ。4320万円のテーブルの場合、情報を流した途端、問い合わせが殺到し、いの一番に来日したイタリアの大富豪に売却を決めたのだという。
欧米の豪邸に住む富裕層は超高級家具を好む(写真はイメージ)(写真=アフロ)
2017年1月、NGO(非政府組織)オックスファムは、下位36億人分の資産額と世界の大富豪8人の資産額が同じだとする報告書を作成し、富の偏りが異常なレベルにまで進んでいる実態を明らかにした。いい悪いは別にして、裏を返せば、超弩級の金持ちがこれからも増えていくということだ。
「40万円程度の家具市場は飽和しても、4000万円の家具市場はこれから活性化する」。関社長はこう話す。
言うまでもなく、関家具の「価格100倍戦略」は極端な事例であり、多くの産業でも通用する戦術とは到底言えない。だが、「中途半端な高価格設定をするくらいなら、もっと大胆に高めの値決めをして、その分、新たな価値を創造した方が、今の時代は活路が開ける」という考え方自体は、他の商品でも有効だ。以下、具体的な事例をさらに見ていこう。
4000万円の方が40万円より売りやすい
●4000万円テーブルと40万円テーブルの商売環境の違い
JR埼京線十条駅から徒歩3分、十条銀座商店街に一見、何の変哲もない甘味どころがある。1947年創業で店名は「だるまや餅菓子店」(東京都北区)。席数は30席に満たないこの店には、他ではまずお目にかかれない驚愕のメニューがある。1皿3000円(税込み)の超高級かき氷「別格シリーズ」がそれだ。
だんごや伊勢うどんも販売している。男性が食べているのが「別格 宇治金時」。販売数は年間200食限定(写真=2点:新関 雅士)
一般的に売られるかき氷はせいぜい300~500円。「別格シリーズ」が、6~10倍もの値付けをしているのは、素材に徹底的にこだわっているからだ。
「別格 宇治金時」に使う抹茶は流通ルートには乗らない京都・宇治産の希少品を独自ルートで入手。小豆も無肥料・無農薬の北海道産の高級品などを採用している。「お茶のうまみと小豆の甘さを堪能できる他店では絶対味わえない究極の味」(同店の河田和士氏)な上、削る際もその日の気温や湿度を加味しながら、まるで精巧な芸術品を作るかのように丹精を込める。「かき氷とは思っていない。超一流のスイーツとして提供している」と河田氏は話す。
価格10倍だから人が集まる
甘味どころにも、食材に贅を尽くした高級メニューがあっていい──。そんな思いで「3000円メニュー」を投入したのは2013年のことだ。蓋を開けるとスイーツファンの間で話題沸騰。「前代未聞の『3000円かき氷』を一口味わいたい」と願う顧客が全国から集まるようになった。その中には、ネットで同店の存在を知った訪日外国人観光客の姿も目立つ。
「単価の引き上げを検討しているすべての企業にとって、参考になる戦略」。外食専門コンサルタントの石田義昭氏はこう評価する。
本来、「だるまや餅菓子店」のように、商店街に立地し限定された商圏で商売している業者は、たとえ1~2割であっても値上げ自体が難しい。多少でも値上げをすれば、顧客の中核を占める地元の常連客は、たちまち近隣の競合店に奪われてしまうからだ。
ならば、主力商品の価格を据え置き1~2割高めの新メニューを加えるという手もあるが、これまた強い増収効果は望めない。現状価格の商品に十分満足している常連客を相手に、割高な新製品が売り上げを伸ばすとは思えないからだ。
しかし同じ価格引き上げでも、1~2割でなく10倍となると話は全く変わってくる。とんでもない値付けの裏側にあるであろう付加価値を確認しようと、全く新しい顧客が商圏外から一気に流入してくる可能性があるからだ。「1~2割でなく、10倍だからこそ意味がある」と石田氏は強調する。
今の時代は、中途半端でなく極端に高価格な値決めをして、その分、消費者を唸らせる付加価値を加えた方がトータルとして利益が増える──。広島県廿日市市に本社を置くイワタ木工(岩田知真社長)もそんな戦略で成功している企業の一つだ。
顧客は米国の“プロけん玉選手”
1992年、習字に使う筆の軸の製造販売を主力に創業した同社だったが、現在は2004年に進出したけん玉事業が収益の柱になっている。このけん玉事業で同社が採用しているのが、他社価格の5倍の値付け戦略だ。
せいぜい2000円前後、廉価品なら100円ショップでも売られているけん玉。そうした一般商品に対し、イワタ木工は参入以来、1万円以上の超高級品を中心に作り続けてきた。購入しているのはプロ選手とそれを目指すセミプロたちだ。市場の中心は米国で、新作をインターネットで売り出すと、毎回1分ほどで生産予定数が売り切れる。
今のけん玉は「昔ながらの玩具」などではない。子供たちにとっては、ダンスや音楽に合わせ様々な技を競い合うむしろ最先端スポーツ。ここ数年、「KENDAMA」として世界的ブームにもなっており、米国では競技人口が100万人を突破、プロチームも誕生している。が、彼らが道具を選ぼうにも、プロが携えるにふさわしい商品はまだ少ない。そんな中、数少ないプロユース商品として世界的評価を集めているのがイワタ木工のけん玉だ。
「素材にする木は2~8年乾燥させ美しい木目を作り出し、パールやシルバーラメなどを何層も重ね塗りし深みを出す。どんなプロの技も正確に再現できるよう、設計・加工は0.2mm以下の高精度。ここまで心血を注ぐけん玉は世界にもない」(岩田社長)
ブームの兆しこそあったもののプロチームなどなかった2004年当時、けん玉市場に参入するに当たり最も現実的な戦略は、「持ち前の木工技術を武器に、既存商品より少しだけ高級なけん玉を作ること」だった。
「だが1~2割程度の高付加価値品では、『イワタ=プロユース』とまでの評価は確立できず、その後参入してきた大手との消耗戦に巻き込まれていたはず。『あらゆるスポーツがそうであるように、世界的普及が進めばけん玉にもプロが生まれる』という予測の下、最初から“価格5倍のけん玉作り”を目指したからこそ、ブルーオーシャンをつかむことができたと考えている」。岩田社長はこう振り返る。
様々な分野で確認される「超強気価格戦略」の有効性。どこまで価格を引き上げればブルーオーシャンが出現するかは分野によって異なるが、「3000円かき氷」と「1万円けん玉」という2つの事例からは「常識価格の5~10倍に鉱脈あり」との仮説が浮かび上がる。
実際、輸入車販売大手、ヤナセ(東京都港区、井出健義社長)も今年2月から、まさに「常識価格の5~10倍」の新事業を開始した。メルセデス・ベンツやBMWなど200台の高級車だけを貸し出すレンタカーサービスだ。
輸入車販売のヤナセはベンツのほか、BMWやキャデラックなどを貸し出す。車種は地域により異なる(写真=下:北山 宏一)
料金は、メルセデス・ベンツGLC250が1日3万1860円で、最も高額なS300hだと同4万9680円。格安レンタカーが1日4000~5000円だから、確かに「5~10倍の料金ゾーン」(価格は一般料金、新丸ビル営業所の場合)。ニッポンレンタカーサービス(東京都千代田区、荒幡義光社長)と組み、同社の拠点、全国約500カ所でサービスを提供する。
主要ターゲットは、「借りたいレンタカーがない」との不満を持つ富裕層だ。かつて富裕層といえば自家用車を持つのが当たり前だったが、最近は、便利な都会に暮らしあえてマイカーを持たない人も増えてきた。
そんな彼らの不満の種が、旅行などで利用するレンタカーの選択だ。新幹線はグリーン車を利用し高級ホテルに宿泊する以上、旅先でのレンタカーも上級車を使いたいところ。ところが、高級外車を用意してくれる既存のレンタカー業者は極めて少ない。
既に昨年の春から一部地域で試験導入を始めたが、出足は好調。旅行好きな団塊世代などが主要顧客という。「人口減少や若者の車離れなどで市場の飽和がささやかれるレンタカー産業だが、常識価格のはるか上空に、これまで開拓してこなかった新しいビジネス領域が広がっている可能性は高い」。ヤナセの執行役員でレンタカー事業部の徳山福男事業部長はこう推測する。
沸騰する「5~10倍ゾーン」
アベノミクス開始から5年目を迎えても、庶民の消費意欲はいまだ完全に活性化したとは言い難い。そんな中、常識価格帯の「5~10倍ゾーン」の商売が活気付いているとすればなぜなのか。専門家の多くはこの背景にも、富の偏在があると見ている。
「5~10倍ゾーン」の顧客は、2000年代以降の富の偏りで勃興し、一定の資産を蓄積、または蓄積しつつある新富裕層だ。
「自分の好きなグルメや趣味には惜しみなく金を払う彼らは、もはや平均より1~2割いい程度のモノには関心を持たない。一方で、従来にない全く新しい経験や感動を与えてくれる商品やサービスに対しては、相当な金を払っても積極的に利用する傾向がある」(多摩大学大学院の徳岡晃一郎教授・研究科長)。そう考えれば、格差拡大の中、平均的な商品の需要が停滞し続けても、5~10倍ゾーンの消費は今後一段と活発化する可能性すらある。
何も会社や店の商品を軒並み5倍にせよと言うわけではない。平均単価1万円の店が全商品を10%値上げするより、商品点数を絞り5万円の特別商品を加えてみる。その方が全体として利益が増える可能性が高い、という話だ。
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