「ちきゅう」のもう一つの目的

 デッキで手を振ったJAMSTEC主席研究員の野崎達生はその足でミーティングルームに向かった。17人の研究員全員の自己紹介を終えた後で、野崎は改めて航海の目的を語った。

 「海底の“宝の山”とも言われる海底熱水鉱床。航海のミッションは、鉱床が生まれるメカニズムを科学的に解明することだ」

<b>「ちきゅう」は沖縄海域を調査する航海に出た</b>(写真:山下 隆文)
「ちきゅう」は沖縄海域を調査する航海に出た(写真:山下 隆文)

 今回の航海には、もう一つの隠れた狙いがあった。既に沖縄海域「伊是名(いぜな)」には海底熱水鉱床があることが分かっている。問題はその資源量だ。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、740万トンと認定しているが、この量でビジネスとして成立させるのは極めて難しい。数千万トンが必要だ。

 JOGMECの調査船「白嶺」は海底下50m~60mしか掘ることができない。ちきゅうはその数倍は楽に掘れる。もし鉱床が深さ方向に続いていれば、資源量は数倍になる可能性があった。

2016年11月19日@沖縄

 3日間の航海を経て沖縄・名護港に着いたちきゅうに、もう一人の主席研究員である熊谷英憲が乗船した。二人の研究責任者を乗せ、すぐに調査海域に移動。無人の遠隔操作探査機を海底面に降ろした。

 3本の調査点が決まったのは日付が変わった深夜1時50分だった。

2016年11月23日@沖縄

 先に答えが出たのは、2つ目の目的だった。“お宝”は地中深くに眠っていたのか。結論は「イエス」でも「ノー」でもなかった。

 調査開始から3日後の11月23日。ちきゅうはJOGMECが発見した鉱床の地中深くまで掘り進めた。見つかったのは、まとまった鉱体が大量に含まれる鉱床ではなく、「鉱染」と呼ばれるもの。鉱体が地中に一本の“筋”のように入る特殊な層だ。

 鉱染は鉱体の密度が高くないので産業化は難しい。だが、筋だけを掘っていけばある程度の資源量にはなる。既に判明している740万トンに鉱染を加えれば、「1000万トン級にはなるはず」(JAMSTEC関係者)との見立てもある。

 イエスでもノーでもない結果に、熊谷は「大発見はお預けだ」と素直に思った。

 ただし、その数日後、ちきゅうは別の“大発見”をすることになる。

「研究者人生で最大の発見」

2016年11月25日@沖縄

 「ものすごく面白いコア(試験体)が採れました!すぐに来てください」

 25日午前3時。オフィスにいた野崎に連絡が入った。研究室に駆け足で上がると、人だまりができていた。

<b>JAMSTEC主席研究員の野崎達生氏(左)と熊谷英憲氏(右)</b>
JAMSTEC主席研究員の野崎達生氏(左)と熊谷英憲氏(右)

 野崎が試験体を覗き込むと、3cm~4cmの白っぽい層が試験体に綺麗に入っていた。その層を境に、上下で全く地層が異なった。野崎は思わず眼鏡を外し、至近距離でじっと観察した。

 白い層は石灰質。それが熱水を閉じ込める“断熱材”の役割を果たし、海底熱水鉱床を生み出していたことが分かった。1つ目の目的である鉱床の生成メカニズムを解いたも同然だった。その日、野崎は興奮して眠れなかった。「研究者人生で最大の発見かもしれない」。

 この発見によって、海底鉱床のビジネス化も大きく前進する。熱水鉱床は断熱材を作る石灰質がなければ生まれない。

 だとすれば、石灰質を多く含む軽石を海底面で見つければ、そこを詳細に調査すればいい。これまでは広大な海底面のどこを探査すれば良いのかさえ、不明確だった。

 「熊谷さん、すごいものが見つかりましたよ」

 野崎はシフト交代のため起きてきた熊谷にこう言った。「もったいぶってないで説明してくれよ」。野崎から報告を受けた熊谷も驚いた。「探査法が根本から変わるじゃないか…」。

 翌26日の朝、野崎と熊谷は研究員全員を集め、この発見を報告した。全員から拍手が起こった。

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