資源の乏しい日本は、これまで繰り返し調達リスクに直面してきた。その危機をバネに新技術を確立し、世界中から頼られる日本企業がある。共通するのは、平時も含め長期的な視点で研究開発を継続している点だ。


HV(ハイブリッド車)が作れなくなる──。2010年、日本中の自動車メーカーがパニックに陥った。尖閣諸島を巡って日中関係が緊張した際、中国政府がレアアースの輸出制限に踏み切ったのだ。後に「レアアースショック」と呼ばれる事件である。
HVの心臓部と言える駆動用モーターは、レアアースなしには性能を十分に発揮できない。モーター内部には「ネオジム」を原料にした磁石が大量に使われている。その磁力と耐熱性を高めるには、「ジスプロシウム」を添加剤として配合する必要がある。
一方、ジスプロシウムの9割超は中国産だ。これを中国政府が武器として使った。レアアースショック当時、ジスプロシウムの価格はわずか1年間で10倍の約35万円/kgに跳ね上がった。
多くのメーカーが中国の代わりとなる供給源を求めて右往左往する中、独自の対策を取ったのがホンダだ。ジスプロシウムを全く使わないモーターの開発に挑み、世界に先駆けて実用化に成功した。その象徴が、2016年9月に発売した新型ミニバン「フリード」だ。燃費の割に手ごろな価格が受け、発売以降、登録車の月間販売ランキングで5位以内を維持している。
ホンダ関係者によれば、フリードのような中型HVには一般的に、ジスプロシウムを主とした「重希土類」を約70g使う。その価格が10倍になると、単純計算で1台当たり3万円程度のコスト増になる。数銭単位で部品の原価低減に取り組む自動車業界では、あり得ない数字だった。本田技術研究所の清水治彦研究員は「かなりの危機感があった」と当時を振り返る。
ホンダは2006年から価格高騰リスクを見越し、ジスプロシウムの使用量を減らしたモーターの基礎研究に着手していた。だがレアアースショックを受け、問題意識を新たにした。重希土類をゼロにするのはモーターの改良だけでは不可能で、磁石の材料開発が不可欠だった。そこで頼ったのが大同特殊鋼だった。
●大同特殊鋼が開発した重希土類要らずの磁石

技術の源流は米GM
ネオジム磁石では、日立金属と信越化学工業、TDKの3強が圧倒的な地位を占める。ホンダがわざわざ業界4位の大同特殊鋼を選んだのは、独自の加工技術で先行していたからだ。
大手3社が得意としていたのは「焼結法」という技術。シンプルな製造方法だが、結晶サイズの微細化に限界があるため耐熱性を高められず、ジスプロシウムを添加する必要があった。
そこで白羽の矢が立ったのが、大同特殊鋼の持つ「熱間加工」という製造法だった。焼結法と比較して結晶サイズを10分の1程度に小さくできるなどの要因から、ジスプロシウムを添加しなくても耐熱性を高められる利点がある。熱間加工技術の源流は米ゼネラル・モーターズ(GM)にある。同社は1985年に原理を発明したものの、製品化までには至らなかった。大同特殊鋼は88年にGMから製造実施権を取得し、地道に研究開発を続けていた。
熱間加工を実現するためには、押し出し機の形状や温度、圧力など非常に細かい条件を低コストで実現しなければならない。ダイドー電子(大同特殊鋼の100%子会社)技術部の服部篤部長は、「金型などの製造設備を自作し、細かな調整を繰り返すことで新磁石の開発に成功した。30年近くの技術の蓄積が生きた」と振り返る。レアアースショック後に開発を始めたのでは、今なお製品化に至っていなかっただろう。
2017年にはホンダを代表するコンパクト車「フィットHV」に搭載される見込みだ。ジスプロシウムの調達リスクに神経をとがらせる自動車メーカーはホンダだけではない。大同特殊鋼は独自の技術をテコに、磁石3強の牙城を崩そうとしている。

希土類(レアアース)の一種で、中でも質量の重い重希土類に分類される。高性能磁石の添加剤として使われる、“ビタミン剤”のような元素だ。だが「ある地域では採掘時に放射線を発する」(専門家)など、効き目の強さが裏目に出ることも。ちなみに語源は「近づきがたい」という意味のギリシャ語だ。
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