世界のあちこちで、「元素リスク」が顕在化し始めた。枯渇の恐れはほぼないのになぜ、価格が高騰するのか。引き金は政治だ。ニッケル、リチウム、銅、リン…。元素はあらゆる産業を直撃する。

 フィリピンの首都マニラから車で約5時間北上した場所にある、サンバレス州サンタクルス。ニッケル鉱山の集積地で、人口5万8000人の小さな町だ。ここで「フィリピンのトランプ」ことロドリゴ・ドゥテルテ大統領が巻き起こした混乱に、世界中の資源ビジネス関係者が注目している。「鉱山の環境問題を錦の御旗に、ニッケルの価格をつり上げようとしているのではないか」(資源専門商社)。

ドゥテルテ政権誕生を契機に高騰
●LMEのニッケル3カ月先物価格
出所:日経QUICKニュース社

 サンタクルスの街中心部から水田地帯を横目に30分ほど走ると人通りは途絶える。そこからさらに、徐行しなければタイヤがパンクしそうな悪路を30分。道の突き当たりに小屋とゲートが見えてきた。「ここからは私有地の鉱山だ。Uターンしてくれ」。銃を肩から提げた3人のガードマンが、虫を追い払うかのような仕草をする。

 サンタクルス周辺の4つのニッケル鉱山は昨夏以降、環境基準に抵触したとして政府から操業を禁じられている。鉱山の敷地内には人けがなく、採掘機械も見当たらない。先行きへの不安からか、ガードマンの口調も荒い。

 操業停止により一時解雇となった元鉱員のフレデリック・ラバナさん(38歳)は、近所の民家の水路を掘るなどして日銭を稼ぐ。

 8年前に働き始めた時の初任給は1万2500フィリピンペソ(約2万8000円)。周辺農家の2倍以上の水準で、豊かな暮らしを享受してきた。しかし今、ローンで買った自慢のホンダのバイクは家の中で眠ったまま。「ガソリン代も払えない。再就職のための交通費もないんだ」。鉱山会社は奨学金やインフラ整備を通じ、利益の一部を地元に還元してきた。「鉱山はこの街に必要だ」。ラバナさんは訴える。

 レアメタル(希少金属)の一種であるニッケルは、赤茶けた地層から露天掘りで採掘される。鉄に配合すれば耐食性に優れるステンレスになる。キッチンや調理器具、電車の車体や自動車部品など、幅広く使われる合金の一つだ。EV(電気自動車)の電池用電極材としての需要増加も見込まれている。フィリピンは世界シェアの約2割を握る最大の産出国である。

ドゥテルテ氏、鉱山にも“剛腕”

麻薬撲滅運動などに関わる過激な発言が物議を醸しているドゥテルテ大統領。鉱山開発でも剛腕を振るう(写真=ロイター/アフロ)
ドゥテルテ政権誕生が
●引き起こしたニッケル動乱

 フィリピンは1995年に制定した鉱業法で、鉱山への外資参入を解禁。2010年前後から中国企業が投資を活発化させ、ニッケルの生産能力を徐々に高めてきた。一方、主要産出国だったインドネシアが2014年、自国産業の保護を目的に加工前のニッケル鉱石の禁輸を断行。さらなる開発投資がフィリピンへと向かった。

 そのフィリピンで昨年、多数のニッケル鉱山が操業停止に追い込まれた。ロンドン金属取引所(LME)のニッケル価格は急騰。在庫は潤沢にあるにもかかわらず、2016年末には年初の37%高まで上昇した。

 この混乱は2016年6月のドゥテルテ政権誕生で始まった。ドゥテルテ氏は、麻薬密売人らの超法規的殺人に関与したとしてその名を世界に知らしめたが、鉱山に対してもその「剛腕」を振り回した。選挙期間中から「責任ある鉱山開発」を進めると表明。組閣では、環境活動家として知られるジーナ・ロペス氏を鉱山の監督官庁、環境天然資源省(DENR)の長官に任命した。

 ロペス氏は就任直後から9月までに金やニッケルなど10の鉱山の操業停止を次々に命令。さらに国内全41の鉱山を監査した結果、同月末には30が環境基準に抵触していると断じた。「不合格」企業のニッケル鉱石生産量は同国の5割以上を占める。

 この方針は、国内に渦巻く鉱山会社への不満をくんだ結果でもある。水質汚染や農作物への影響、さらに原住民の土地を鉱山会社が搾取していると批判する住民は多い。サンタクルスの病院のクレセシオ・リセラルド・ジュニア院長(58歳)は「操業中は感染症や呼吸器、皮膚の病気が増える。鉱石運搬中の粉じんなどが原因だ」と主張する。

 一方で、操業停止命令を受けた鉱山会社はこうした主張に「根拠がない」と反論する。サンタクルスに鉱山を持つベンゲットコーポレーションは、1000人以上の鉱員を一時解雇。2016年の産出量は前年比で半減した。同社は違法な行政措置で被害を受けたとして、DENRを提訴している。