インドの南部の都市、ハイデラバードから北西に約150km。人口約3万人のチドリ村に昨年7月、初の眼鏡店が開業した。2畳ほどの店内には、眼鏡のほか視力検査器などが並ぶ。訪れる客は、30代から70代まで幅広い。

 インドでは今、国民の視力悪化が社会問題になりつつある。視力が悪いまま自動車を運転して事故を引き起こしたり、工場現場の作業で部品を取り違えたりするケースが増えているのだ。自身の視力低下を自覚していない人も多く、眼鏡店や眼科のない都市郊外では切実な問題となっている。

<b>インドなどの新興国で、2020年までに1万人の眼鏡店経営者を育成する</b>
インドなどの新興国で、2020年までに1万人の眼鏡店経営者を育成する

 チドリ村で眼鏡店を開業したのは、アンビカ・メスレイさん。地元育ちの22歳の女性だ。メスレイさんは、単に眼鏡を売るだけでなく、無料の視力検査を促す啓蒙活動にも励む。彼女のような眼鏡店が増えれば、インドの社会問題は解消する可能性を秘めている。

 決して裕福ではない彼女が眼鏡店を開業できた裏には、あるグローバル企業の支援があった。

新興国で見つけた成長の鉱脈

 仏エシロール・インターナショナル、世界大手のレンズメーカーだ。1972年創業で、眼鏡レンズの開発を中心に、レンズ加工機器の製造販売などを手掛けてきた。日本での知名度は高くないが、同社の遠近両用レンズ「バリラックス」は世界中でベストセラーとなっている。眼鏡用レンズでは世界シェアトップ。日本では、2000年にニコンと合弁会社を設立している。

新興国に新たな経済圏を創造する
●エシロールの新興国での売上高推移
新興国に新たな経済圏を創造する<br /> <span>●エシロールの新興国での売上高推移</span>
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 2015年12月期の売上高は67億ユーロ(約8400億円、1ユーロ=125円)、営業利益は12億ユーロ(約1500億円)。売り上げ規模はニコンとほぼ同じだが、営業利益は約4倍。増収増益を10期以上続けている原動力の一つが、インドをはじめとする新興国でのビジネスだ。

 先に見たGEが政府とがっちり組み、トップダウンでローカリゼーションを進めているのに対し、エシロールは、草の根活動で新たな経済圏を作り出すボトムアップ方式を採る。社会課題を解決するビジネスモデルを発案し、地元と一緒になって成長を目指すのだ。

 エシロールが、眼鏡店の開業を通じてインドの社会課題を解決する「EYE MITRA(アイミトラ=目の友達)」プロジェクトを開始したのは、2014年。同社にとって既に新興国は成長市場になっていたが、展開は都市部に限られていた。「ビジネスを郊外へと広げていく中で、様々な社会課題を目の当たりにした」(エシロール・インドのアトゥール・ウッタム氏)。そこから、エシロールの事業を通して社会課題を解決するアイミトラが生まれた。

 プロジェクトは、国際的なNGO(非政府組織)と連携し、農村部で店舗経営ができる有望な人材を発掘する。意欲のある候補生を選抜し、約1年間にわたって研修プログラムを提供する。

 研修では視力検査や眼鏡の製作の基本的な技能を教え、眼鏡技師の国家資格を取得させる。店舗の立地戦略から、営業、接客といったノウハウもたたき込み、経営者人材を育てる。エシロールは開業した眼鏡店に自社製品を供給することで、収益を得る。

主眼は起業家育成

 新興国でのこうしたアプローチは一般に、BOP(ベース・オブ・ピラミッド)ビジネスと呼ばれている。先駆けは食品業界で、スイスのネスレや英蘭ユニリーバなどがインドやアフリカの貧困地域で、商品を小分けにして販売していることなどが有名だ。

 エシロールは、従来のBOPの手法をさらに深掘りした。「自社商品の売り方を教えることで終わらせず、そこで自立できる起業家を育成している」とCMO(チーフ・ミッション・オフィサー)のジャイアンス・ブバラガーン氏は言う。起業に必要なスキルを、眼鏡店経営を通して教え込む。起業家として成長した暁には、眼鏡店以外のビジネスを始めてもいい。

<span>エシロール会長兼CEO</span><br /> ヒューバート・サニエレス氏
エシロール会長兼CEO
ヒューバート・サニエレス氏
1989年入社。2008年COO、2010年CEO。2012年1月から会長兼務。「Improving lives by improving sight」をミッションに、社会課題の解決と利益成長の両立を実践。

 育成にかかるコストは、1人当たり15万ルピー(約25万円)と決して安くはない。1年の研修を経ても、眼鏡店として成功できないケースもある。それでも、エシロールがこのプロジェクトに取り組むのは、地元の人が経済的に自立できるスキルを身に付けなければ、ビジネスが続かないと考えるからだ。「ローカルに認められ、強固な信頼関係を築くことが、サステナブルな成長につながる」。ヒューバート・サニエレス会長兼CEOは強調する。

 もちろん、エシロールはこれをCSR(企業の社会的責任)に基づく慈善活動として展開しているわけではない。インドを含む新興国事業の年平均成長率(過去5年)は19%と、会社全体の11%を大幅に上回る。世界の人口74億人のうち、25億人が視力を矯正しておらず、その約9割が新興国に住んでいる。世界保健機関(WHO)の分析では、これらの人々の視力改善がもたらす経済効果は約2720億ドル(約31兆円)。草の根活動による新たな経済圏の育成は、エシロールの次の成長市場を創出する作業にほかならないのだ。

 サニエレスCEOは、「視力の弱い人を救うだけで、世界はもっと成長できる」と言う。エシロールはインドでの成功を受け、東南アジアや中国でも同様のプロジェクトを始める計画だ。

潜在市場は22億人
●エシロールのBOPビジネス
潜在市場は22億人<br /> <span>●エシロールのBOPビジネス</span>
*=視力改善がもたらす労働生産性向上による経済効果。世界保健機関(WHO)の分析を基にエシロールが試算
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 ここまで見てきたGEやエシロールの事例は、単に生産拠点を消費地に移転したり、製品を地元のニーズに合わせて改良したりという従来型のローカリゼーションの先を行く。進出先の地域が抱える社会課題の解決に挑むことで、経済そのものを活性化し、自社の持続的な成長にもつなげるという発想は、グローバリゼーションへの逆風が強まる中で企業の生命線になる。

 そうしたサステナブル経営に転換するために、会社の存在意義そのものを問い直した企業がある。それが、仏ダノンだ。

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