トランプ新大統領の登場に象徴される、グローバル資本主義のひずみが各地で噴出している。国境を越える企業活動に逆風が吹く中、米欧勢は先手を打って経営のあり方を大きく変えてきた。「Local」と「Why」──。現地化の深掘りと存在意義の再定義で「サステナブル経営」を目指す。

この国の変革に、どこまでもコミットするという覚悟の一端が垣間見えた。
砂漠の王国、サウジアラビアの首都リヤド。南北に貫く幹線通り沿いのオフィスビルに、女性だけが働く職場がある。「オール・フィーメール・センター」。米ゼネラル・エレクトリック(GE)、国営石油会社サウジアラムコ、インドのタタ・コンサルタンシー・サービシズの3社が設立した、業務受託サービス会社である。

厳格なイスラム教義、ワッハーブ主義を国是とするサウジでは、クルマの運転を禁じられるなど、女性の権利が大きく制限されている。それは雇用面でも同様だ。女性と男性は同じオフィスで働くことができず、職場も学校や銀行などに限定される。その状況を改善するため、GEは2013年に同センターを設立、業務の一部を委託している。
空港の手荷物検査場のようなエントランスを通り抜けると、全身を覆うアバヤやヒジャーブ(スカーフ)を身に着けた女性がモニターに向かって整然と並んでいる。彼女たちの学歴は高く、コンピューターサイエンスやライフサイエンスを修めた人もいる。英語を流ちょうに使う海外留学組も多い。
業務内容は出張経費などの会計関連や財務、人事、サプライチェーン、データマネジメントなど。GEが進めるIoT(モノのインターネット化)やガスタービン、ヘルスケアなどのビジネスもサポートしている。GEに関する業務が多いが、アラムコやサウジ電気通信会社の仕事も請け負う。
2014年1月に稼働した当初、20人にすぎなかった社員は今や1000人を超える。そのうち85%はサウジ人だ。「1000人以上の女性が働くサウジで初めての場所」。同センターの責任者、アマル・ジャミル・ファタニ氏は胸を張る。
サウジに累計40億ドルを投資
世界180カ国でビジネスを展開するGE。売上高1174億ドル(13兆5000億円)の55%を米国外で稼ぎ出す“超国家企業”の象徴と言える存在だ(売上高は2015年12月期)。もっとも、グローバリゼーションの先頭を走った同社は今、ローカリゼーションに大きくかじを切っている。世界各地で台頭する保護主義やアンチ・グローバリゼーションなどの動きに対応するためだ。
1990年代以降、加速した国境を越えるヒト、モノ、カネの移動。その流れに乗りGEのような超国家企業は莫大な利益を上げた。だが、経済成長の鈍化や格差拡大が問題視されるにつれて、グローバリゼーションや超国家企業はかつてない批判にさらされている。
その状況を克服するには、進出先の国や地域により深く関与し、彼らの国造りや社会課題の解決に貢献していくことが不可欠──。それが、「サステナブル(持続的な)経営」につながるからこそ、GEは世界各国でローカリゼーションに関わる投資を進めている。「ローカリゼーションはグローバリゼーションを進める最重要ツール」とジェフリー・イメルトCEO(最高経営責任者)は本誌の取材でこう述べる。
その中でも、サウジにおける矢継ぎ早の投資は他を圧倒している。
GEは2011年以降、冒頭の女性だけの業務受託サービス会社に加えて、ガスタービンの製造・修理を手掛けるGEMTEC(GEマニュファクチャリング・アンド・テクノロジー・センター)、油井で用いる圧力制御装置の製造工場、中東で初のグローバル・リサーチ・センターなど、モノ作りに関わる施設を相次いで稼働させている。
2016年4月には鋳造・鍛造工場や航空機のメンテナンス工場、LEDの製造拠点への投資も発表した。ローカルのサプライヤーを育成するため、サウジアラビア産業投資公社とともに、現地企業への積極投資も明言している。
人材開発にも積極的だ。現地の医療機関とヘルスケアに特化した研修機関を設立。サウジアラビア技術職業訓練公社などとエネルギー産業やIT(情報技術)産業向けのスキルを習得するプログラムの提供を始めた。成績優秀者はGEの製造拠点で優先的に採用される。ここ数年で、サウジ関連の投資は40億ドル(約4600億円)を超える(パートナー企業の投資や計画を含む)。
一連の投資は経済の多様化と雇用創出というサウジの課題に沿ったものだ。
2014年夏以降の原油価格の低迷で、サウジの財政状況は大きく悪化した。イランが支援するイエメン・フーシ派への空爆など軍事支出の増加も財政悪化に拍車をかける。原油高の時代にため込んだ外貨に余力はあるが、2015年度、2016年度の財政赤字が800億ドル(約9兆2000億円)を超えており、石油に頼らない経済体制の構築は急務だ。
若年労働者を中心にした失業率の高さも喫緊の課題である。30年前には1200万人にすぎなかった人口は3100万人まで増加している(外国人労働者が約1000万人)。その多くは若者で、30歳以下が60%を占める。だが、天然資源に依存した国家に急増する若者を吸収するような職はない。
産業や企業規模に応じて、サウジ人の雇用を企業に義務付けるサウダイゼーション政策を始めているが、20~24歳の失業率は約40%、25~29歳も約22%と極めて高く、この状況を放置すれば、民主化要求の高まりなど王政の存続に関わる。

政府も手をこまぬいているわけではない。経済・開発評議会の議長を務めるムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は外資系コンサルティング企業の手を借り、2016年4月に構造改革計画「ビジョン2030」をまとめ上げた。
その中身は野心的だ。2030年までに失業率を11.6%から7%に改善させると明記する一方、GDP(国内総生産)に占める民間部門の比率を40%から65%に、GDPに占める中小企業の比率を20%から35%に、女性の労働参加率を22%から30%にそれぞれ引き上げるという目標を掲げている。
時価総額で2兆ドル(約230兆円)と言われるアラムコの上場によって世界最大の投資ファンドを設立、その運用益を歳入にすることも計画の一つだ。
目標を達成するには、石油以外の産業、とりわけ賃金が相対的に高い製造業に関わる雇用を生み出し、それに見合った人材を育てていく必要がある。だからこそ、GEは手を差し伸べ、製造拠点や人材トレーニング、サプライヤー育成に多額の投資を決めた。
「殿下がビジョン2030を発表する半年前に、イメルトCEOや我々は投資について殿下と話し合いを持った。人材開発や経済の多様化、最適化にフォーカスするという政府のビジョンに歩調を合わせたアイデアを考えるためだ。全ては連携している」。GEサウジアラビア・アンド・バーレーンのヒッシャム・アルバカリCEOは打ち明ける。
社会課題解決が事業に直結
GEがサウジの社会課題の解決に取り組むのは、もちろん、ビジネスにつながるからだ。サウジには500基を超えるGE製ガスタービンがあり、電力の50%以上を発電している。航空機エンジンのシェアも90%と高く、ヘルスケア関連機器も50%がGE製だ。顧客のそばに部品工場や修理工場がある方が合理的なのは言うまでもない。
しかも、人口増加に伴って電力需要が年5~8%で伸びている。石油が主要な収入源であり続ける以上、石油の産出が止まることはない。それはサウジ電力公社やアラムコの設備投資が将来的に増えることを意味する。
「電力需要が増せば効率性が重要になる。顧客が効率性を求めればデジタル化が必然的に必要になる。それはGEが得意とするところだ」とGEパワーのスティーブ・ボルツCEOは語る。これだけの投資に踏み切れるのは、サウジにビジネス基盤や潜在力があるからだ。
アラムコが本社を置くサウジ東部の第2の都市、ダンマン。甲高い金属音が響くGEMTECでは、300人を超えるサウジ人が汗を流していた。その多くは、技術職業訓練公社と手掛ける訓練機関の卒業生だ。安価な行政サービスに依存したサウジ人がモノ作りの現場で働くわけがないという見方は根強い。だが、ここで働く人々はGEグローバル基準を満たすエンジニアである。門戸は限られているかもしれないが、よりよい暮らしと成長の機会を求める若者に、GEはその場を与えている。
サウジに深く食い込み、国が進める改革を全面的に支援するGE──。言葉を選ばずに言えば、国と国民に恩を売り、将来にわたって生まれるビジネスを獲得するという深謀遠慮だろう。だが、国の課題に真摯に向き合えば、GEの評判を高め、グローバル企業への批判に対する防波堤につながるのも確かだ。持続的な成長のために、何事にも動じない経営を貫く覚悟。サウジにコミットするGEには、それがある。
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