検索やSNS(交流サイト)、ネット通販などのBtoC(消費者向け)サービスでは勝者が確定した。「GAFA」4社は得意分野で圧倒的な地盤を固めつつ、互いに領土を侵犯する。
一方でBtoB(企業向け)のITサービスに目を転じると、いまだ手つかずの「余白」が残る。米マイクロソフトの存在は依然として強大だが、スタートアップにつけ入る隙があるのも事実だ。
その中でも起業家が熱い視線を送っているのがオフィスだ。検索やSNSの進化によってホワイトカラーの働き方は大きく変化したが、物理的なオフィス環境はほとんど変わっていない。それを「デジタル」と「人間味」の両面で変えようとしているのが米ウィーワーク(WeWork)。シェアオフィス大手として規模を急激に拡大している。
過去4年で売上高は10倍以上
●米ウィーワークのRun Rate Revenue*
*:Run Rate Revenueは各四半期最終月の売上高を12倍した数字
3年先のビジネス環境さえ不透明な時代。10年、20年の長期固定でオフィスを借りるのはリスキーだ。その点ウィーワークであれば、環境に応じて柔軟にオフィスを増減できる。米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が革命を起こしたクラウド事業と同じ話だ。
ウィーワークのオフィスで働く人々は、2018年9月末時点で世界24カ国32万人。1年間で 倍増した。13年に9カ所だった拠点も、19年末には1000カ所を超える見込み。以前はスタートアップや個人事業主が主だったが、最近は米IBMなどの伝統企業も利用し始めた。社員数1000人超の大企業に所属する利用者は2年前に7000人だったが、既に8万5000人に達する。
ウィーワークのオフィス。働く人たちのコミュニケーションを活発にしたり、仕事に集中したりと、シチュエーションに応じたオフィスを提供している(写真=5点:WeWork提供)
人気の理由は、柔軟にスペースを増減できることだけではない。本当の強みは社員同士や、別の会社の社員との「コミュニティー」をつくる点だ。現実の場で働く人々のコミュニケーションを密にして生産性を高め、イノベーションの起きやすい環境をつくろうとしている。
同社のオフィスに常駐するコミュニティーマネジャーの役割は、電球交換などの保守作業に限らない。主務はむしろ、朝食会や読書会、ヨガクラスなど、ユーザー同士をつなげるようなイベントの企画だ。「毎週5~10のイベントを実施している」。米ニューヨークのオフィスでコミュニティーマネジャーを務めるテス・ネルソン氏は語る。
最新のオフィスでは、カウンターにバリスタが待機。ソファや大きな机が並ぶカフェのような雰囲気だ。奥に進めばファミレス風のボックス席や電話ボックス、ガラスで仕切られた作業用スペースなどがある。集中して仕事をしたい時は静かな場所に、誰かと話したくなればオープンスペースに、と気分によって回遊できるようにしている。
最新技術も積極的に活用する。ソファや椅子にセンサーを付けて、利用率をリアルタイムで計測するのはその一例。会議室の利用状況など様々な情報をデータサイエンティストが分析、会議室の広さや数を日々改善している。
仕事する場所から、毎日行きたいと思う場所に──。ウィーワークはこうしたノウハウを体系化。自社ビルを持つ企業にオフィスの効率化を指南するコンサルティング事業にも乗り出した。
ウィーワークには、ソフトバンクグループや傘下のビジョン・ファンドが巨額の資金を投じたことで、450億ドル超の評価額がついた。従来の「オフィス貸し」と何が違うのかと成長性を疑問視する向きもあるが、「不安はゼロ」とチーフ・グロース・オフィサーのデイビッド・ファノ氏は自信を見せる。
すべてが所有から利用に移る中で、オフィスもクラウドサービスのように解約自由な従量制になるのは必然だ。30万人のユーザーを背景に、オフィスを一括契約で安く調達し、それを小口化して相対的に高く貸すビジネスモデルも合理的だ。
世界のオフィス市場は膨大だが、大半は物理的な場所を貸すだけ。コミュニケーションを軸に価値を高めれば、古びたビルもイノベーションの拠点に変貌する。「(評価額で)1兆ドルだって可能だ」と語るファノ氏の言葉は、あながち大言壮語ではなさそうだ。
電子メールは「過去の遺物」
オフィスという場のコミュニケーションに注力しているウィーワーク。それに対して、米スラック・テクノロジーズ(Slack Technologies)や米インビジョン(InVision)、米ギットハブ(GitHub)は非効率な電子メールやSNSを置き換えることに挑んでいる。
スラックはビジネス用の「チャットツール」。アプリに文字などを打ち込むだけで、チーム全員で情報を共有できる。1対1でもグループでも、誰とでもチャットが可能なことに加えて、PCやスマートフォンなど端末も選ばない。14年のサービス開始以来、ユーザー数は全世界で800万人を超えた(34ページ参照)。電子メールと異なり、宛先アドレスを入力する必要がなく、大事なメッセージが埋もれにくい。返信が重なっても「Re:Re:」のような意味不明な件名に悩まされることもない。
一方のインビジョンは、アプリやウェブサイトなどのプロトタイプ(試作品)作成を効率化するツールだ。開発者が修正点などを見つけた場合、ブラウザー画面の好きな場所にコメントを書き込み、即座に議論を始められる。利用者は全世界で450万人。『フォーチュン100』企業の80%が導入する。
インビジョンの操作画面。同社は完全リモートワークを実現しており、世界中の社員が自分たちのツールを活用、日々改善している(写真=永川 智子)
インビジョンが誕生した背景には、複雑化する一方の現代のコミュニケーションに、20世紀に誕生した電子メールが対応しきれなくなったことがある。
この記事はシリーズ「10年後のグーグルを探せ 世界を変える100社」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?