「お客や加盟店のためなら、バカでも何でもやる」新生ファミリーマートの社長に就いた沢田貴司氏は、改革の決意を語った。20年前に「家出」した伊藤忠グループに呼び戻された沢田氏には、巨大チェーンの人心掌握が問われる。
沢田社長は「中食」のアピールに力を入れる方針。(写真=的野 弘路)
「出来の悪い家出坊主を呼んでくれたわけだから、本当にありがたいことです」。ファミリーマート社長に9月1日就任した沢田貴司氏は、日経ビジネスのインタビューで率直にそう話す。
家出坊主とは新卒で入社した伊藤忠商事を、1997年に飛び出した沢田氏自身のことだ。沢田氏は当時、伊藤忠社長に直々に手紙を書いてまで、強く関心を持っていた小売業への本格参入を訴えていた。だが当時の同社幹部は「時期尚早」として首を縦に振らない。これが退社の要因だった。
だがその後、伊藤忠は、沢田氏が退社して間もない98年に、ファミリーマート(現ユニー・ファミリーマートホールディングス)に出資して筆頭株主になる。このとき沢田氏は、既にファーストリテイリングに転じていた。副社長などのポストに就いて、同社の柳井正社長から直接、指導を受け、経営のイロハを身につけた。
それから約20年後に待っていたのが、コンビニエンスストア会社の社長という大舞台だった。伊藤忠を飛び出してから衣料品や外食など様々な業界で経験を積んできた沢田氏は、会社をどう変えるのか。まず取り組むのは「ファミマといえばこれ」と客が思い浮かべるような看板商品の育成だ。
魅力? 「あるけど、なんかない」
沢田氏はインタビューで「ファミマには特徴がない」と危機感を語った。
決して、良い商品がないわけではない。ファミマは2014年から、店舗で買って家で食べる「中食」の改革を進めてきた。例えば空揚げの原料を解凍する工程。従来は水を使っていたが、現在は専用の解凍庫を使っている。こうすれば肉のうまみが逃げにくい。同様の取り組みを中華麺やおでんなどで積み重ねた結果、ファミマの中食商品の売上高は、2016年8月まで17カ月連続で前年を上回っている。
沢田氏が憂うのは、魅力ある商品が「あるんだけど、なんかない」という現状だ。つまり、商品は良くなっても、その良さが消費者に十分に伝わっていない。ファミマには「ファミチキ」という成功体験がある。いわばファミマの中食の代名詞ともいえ、この商品のために、店を訪れる客もいる看板商品だ。だが一連の「中食改革」をもってしても「その次が出ていない」(沢田氏)という。
どうすればいいか。沢田氏は「まず本部社員が商品に自信を持ってほしい」と話す。どんなにいい商品を作れても、店舗に並ばなければ意味がない。商品を発注するのは加盟店オーナーの仕事だ。沢田氏は「本部社員が自信を持てば、加盟店オーナーにも(商品の良さが)伝わる。オーナーに伝われば、消費者にも伝わる」と話す。
そのためにも、自らが前面に立ってメディアなどへの露出を積極的に増やし、商品をアピールしていきたいという。「お客さんと加盟店のためなら、バカでも何でもやる」。沢田氏はそう意気込む。
9月1日に発足した新体制では、今回の統合を主導したファミマの会長だった上田準二氏が持ち株会社の社長に就いた。沢田氏は事業会社の社長という立場であるが、その事業会社は持ち株会社の利益のほとんどを稼ぐ存在。再編の立役者、上田氏が加盟店への方針説明会に引き続き出席するのは自然だが、一方で沢田氏は「僕が社長。ファミマの経営は僕がやる。そこには何の疑いもない」と断言する。
コンビニ大手3社では、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文氏(現名誉顧問)を筆頭に、ローソンの新浪剛史・前会長、そしてファミマの上田氏というように、タイプは違っても、個性的で加盟店への情報発信力もあるトップが長く、チェーンを率いて成長させてきた経緯がある。セブン&アイ、そしてローソンでは、既に「カリスマ」トップが経営から退き、若返りが進んだ。インタビューでの沢田氏の発言には、次世代のファミマの経営を担うのは自分だ、という覚悟がにじんでいる。
(藤村 広平)
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