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 まず押さえなければならないのは「司法取引は早い者勝ち」(荒井隆男弁護士)という点だ。日産のケースでは、ゴーン氏とケリー氏の知らないところで、司法取引が行われ、両氏の逮捕に結びつけたとみられるが、現場の社員が独断で司法取引に応じ、会社の不正を暴くこともあり得る。経営陣が把握していない不正の発覚はダメージが大きい。

 そんな事態を招かないようにするには「日ごろから内部告発の仕組みを社内に整えておく必要がある」と弁護士ドットコムの田上嘉一弁護士は話す。日産でも内部通報が端緒となった。

 司法取引は検察官からでも、被疑者・被告側からでも持ち掛けることができるが、難しいのはそもそもの罪の重さを客観的に知る目安がないことだ。検察官から「本来なら懲役5年を求刑するところを3年にする」と持ち掛けられても、懲役5年の量刑が妥当なのかが分かりにくい。検察官や裁判官には「相場観」があるというが、外部からは見えにくいのが実情だ。「米国のように量刑ガイドラインを整えることが、透明性の高い司法取引につながる」(竹内弁護士)との声は専門家の間にもある。

特別背任での懲役刑の例もあるが……
●有罪判決を受けた大物経営者
氏名 肩書(逮捕当時) 逮捕年月 容疑 判決
岡田茂三越・前社長1982年10月商法違反(特別背任)懲役3年(最高裁上告中に本人死去)
江副浩正リクルート・前会長1989年2月NTT法違反(贈賄罪)懲役3年、執行猶予5年
渡辺広康東京佐川急便・前社長1992年2月商法違反(特別背任)懲役7年
堤義明コクド・前会長2005年3月証券取引法違反(虚偽記載、インサイダー取引)懲役2年6月、執行猶予4年、罰金500万円
村上世彰村上ファンド代表2006年6月証券取引法違反(インサイダー取引)懲役2年、執行猶予3年、罰金300万円、追徴金約11億4900万円
井川意高大王製紙・前会長2011年11月会社法違反(特別背任)懲役4年
カルロス・ゴーン日産自動車・会長2018年11月金融商品取引法違反(虚偽記載)、会社法違反(特別背任)

取引しないリスクも

 一方で司法取引をしなかったことで会社が不利益を被った場合、株主代表訴訟を起こされるリスクもある。談合事件でライバル企業が先んじて司法取引に応じ、自社が刑事罰を受ける事態は十分あり得る。2006年施行の改正独占禁止法で導入された課徴金減免(リーニエンシー)制度を他社に使われ、自社に多額の課徴金を課された企業が株主代表訴訟を起こされた例がある。

一足先に保釈されたケリー被告(写真=朝日新聞社)

 情報を提供した被疑者・被告の社内処分をどうするかも悩ましい。司法取引で刑事罰は軽くなっても、「共犯者という事実は重い」(荒井弁護士)。ただ、上司の命令に基づいて不正に手を染めた社員は「内部統制の欠陥が招いた被害者」(竹内弁護士)ともいえる。

 「不正情報を報告した社員の懲戒処分を減免する社内リーニエンシー制度を設けるのも手だ」と竹内弁護士は言う。社内調査の段階で期限を区切って情報提供を呼び掛ければ、「内部告発者」を守る姿勢を打ち出せる。その上で、不正を起こさない体制をどう整えるか。企業に問われるのは司法取引を不正の根を断つ道具にする覚悟かもしれない。

(日産虚偽記載問題取材班)

日経ビジネス2019年1月14日号 12~13ページより目次