『ヒトラー』の著者、イアン・カーショー氏はナチズム研究の世界的泰斗。ただ著者はそもそも「伝記」という方法に懐疑的な立場だった。その考えを曲げてまで、どうしても書かねばならなかったという気迫が、静かな筆致からひたひたと伝わってくる。

 ヒトラーという人物のみならず、彼を取り巻く「状況」の変遷を丹念に追いかけていく。ナチスドイツの悪魔的所業も小さな出来事の積み重ねの中でごく「自然」にそうなったということを思い知らされる。時系列に沿った記述形式のおかげで、ドイツ第三帝国の興隆と破滅を、まるでそこにいるかのように追体験できる。読んでいて何度も息が苦しくなり、戦慄する。

 歴史的な評伝は横や上からの視点で書かれたものと併せて読むと話が立体的になり理解が深まる。「横もの」ではサイモン・セバーグ・モンテフィオーリ著の『スターリン』がお薦めだ。複雑に入り組んだ歴史をドラマのように読ませる著者の構成力と筆力に舌を巻く。