詩というものが何となく偉いという感じは、詩が面はゆいものだという気持ちとつながって、人々を詩から遠ざけてきた。

 私も谷川俊太郎さんの詩は教科書で目にしたけれど、スルーしてきた。あまりに簡単な言葉だったから? それとも世界はこう感じ取るべきだという押し付けを感じたから?

 ある日、書店で手にした彼の詩集にすごく淫らな言葉を発見してから、気持ちが変わった。詩を読むことは個人的な行為だ。その性的な表現は、ふわふわの白パンをかみしめたときの舌触りや、おしっこをしたいと思う気持ちに似て、おかしく自然なものだった。

 『詩人なんて呼ばれて』は、尾崎真理子さんが、谷川さんのところに17回も通って作ったもの。文芸ジャーナリストの尾崎さんは、谷川作品を細部まで読み込んでいて、文学史や大勢の作家、詩人たちの作品と人生、パーソナリティーに驚くほど通じている。そして今回、谷川さんからも、多くのものを引き出すことに成功してしまった。

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