子供の頃、ふと、自分のおばあちゃんにもおばあちゃんがいたんだ、と考え始め、すっかり困惑してしまったことを思い出す。あの困惑って、実は薄まってはいない。困惑というか、いまだに実感がわかない。なぜ自分がここにいるのか、自分に至るまでの線は、家族愛の有無という帰結に持ち込むわけではなく、本来誰しもが追いかけるべき線なのかもしれないと思う。