他者を理解するとはどういうことか、なんてことを時々、真面目に考える。理解するのに、あくまでも他の者、と対置しているわけだ。あらゆる情報が無限に流入してくる日々を重ねていると、この情報は自分にとって余計だと捨てる行為によって、何だか自分が一丁前の人間であるかのように誤解し始める。おまえは何のアクションも起こしていないのに、情報を、あるいは他者を、はじき飛ばす優位性に浸っていないか、と自戒するのだ。