20代で痛感した自分の限界ドイツ流と日本流を掛け算

いしだ・ひろき[BASFジャパン代表取締役社長]
1968年生まれ。北里大学衛生学部(現・理学部)卒業。94年にBASFジャパン入社。ドイツ本社やマレーシア勤務などを経て、2012年にBASFジャパン副社長執行役員、18年より現職。(写真=吉成 大輔)

 入社して3年目のある日、ドイツにあるBASF本社への出向を言い渡されました。中央色材研究所という、新しい素材を開発する部署です。BASFは世界最大級の総合化学メーカーで、博士号を持つ優秀な人たちがそこらじゅうにいます。その頃まだ20代だった私は「彼らと同じ土俵で仕事をしても勝てない」と痛感しました。

 どうすれば会社に貢献できるのかを必死に考えました。転機になったのは、優秀な博士たちが開発した新素材を、ビジネスに発展させる仕事を自ら始めたことでした。ドイツで開発したものをそのまま日本に持ち込むのではなく、日本側のニーズをドイツの職場にフィードバックする。そこにこそ、日本人である自分の強みがあると気付いたのです。

 日本では今後、ますます人口が減少していきます。そのような環境下でも50年先を見据えて成長するには、これまでのドイツ流を改める必要があるでしょう。上流から下流製品まで効率的に一貫生産して、日本に提供するだけではうまくいかないと考えています。なぜなら日本は、モノ作りの拠点から徐々に技術開発の拠点に変わりつつあるからです。