20代の頃、韓国・浦項の食堂でよくチャーハンを食べていました。ポスコ(当時の浦項総合製鉄)の製鉄所をコンピューター制御に切り替えるプロジェクトを担当していたのです。当時の安川電機では情報工学系の技術者は傍流中の傍流で、先輩はほとんどいません。韓国語が分からない中で1人放り込まれて、食堂で唯一注文できたのがチャーハンでした。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り1221文字 / 全文文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「新社長の独白」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。