20代の頃、韓国・浦項の食堂でよくチャーハンを食べていました。ポスコ(当時の浦項総合製鉄)の製鉄所をコンピューター制御に切り替えるプロジェクトを担当していたのです。当時の安川電機では情報工学系の技術者は傍流中の傍流で、先輩はほとんどいません。韓国語が分からない中で1人放り込まれて、食堂で唯一注文できたのがチャーハンでした。