ロシアのプーチン大統領が12月に来日し、安倍首相と領土問題や経済協力について会談する予定だ。北方領土問題の進展などで「融和」も期待されるが、欧州に目を移せば緊張関係が高まっている。対NATOや中東への介入などで強硬姿勢を貫くプーチン大統領。その真の狙いとは。

12月、ロシアのプーチン大統領が来日する予定だ。経済協力をテコに、安倍晋三首相が北方領土返還の可能性をどこまで引き出せるかに関心が高まっている。一方で、ロシアと欧州諸国との軍事的な緊張が高まりつつあり、「東西冷戦」の可能性が再燃していることはそれほど知られていない。
対立のきっかけは2014年3月のクリミア併合だ。同年2月、ウクライナで親ロシア派のヤヌコビッチ大統領が失脚し、親欧州連合(EU)政権が誕生した。新政権はEUや北大西洋条約機構(NATO)との関係強化に動いたが、プーチン大統領は「ロシア語の使用禁止などロシア系住民の権益が脅かされている」として戦闘部隊をクリミア半島に派遣し、強制併合した。
旧ソビエト連邦の崩壊以来、警戒感が緩んでいたEUとNATOはこの「奇襲作戦」によって虚をつかれた。クリミア併合に対して軍事的な対抗手段を打ち出せず、「冷戦終結後、最も重大な国際法違反」とロシアを非難し、経済制裁を科すにとどめた。プーチン大統領の「電撃作戦」は功を奏したのだ。
それ以降、NATOでは「ロシアが次に狙うのはバルト3国」という見方が強まっている。バルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)は第2次世界大戦初期にソ連、次いでナチス・ドイツ軍に占領された。戦後、ソ連に編入されたが、1990~91年にかけて独立し、21世紀に入ってEUとNATOに加盟した。
問題はロシア系住民の多さだ。ラトビアのロシア系住民比率は25.8%。エストニアは25.1%、リトアニアは4.8%がロシア系だ。戦後、多くのロシア系住民を移住させたためである。ウクライナもロシア系住民の比率が17%と比較的高く、クリミア半島では住民の約60%がロシア系だった。つまり、「ロシア系住民の権益を守る」という大義名分が、バルト3国に対しても使われる可能性がある。
「スバルキギャップ」巡る攻防
攻防の焦点が、ポーランド北東部のスバルキという町だ。ロシアはバルト海に面したカリーニングラード(旧ケーニヒスベルク)周辺に飛び地を持つ。
この地にはロシア海軍の重要な軍港があり、北にはリトアニア、南にポーランド、南東にはロシアの友好国ベラルーシがある。飛び地からベラルーシまでの100kmの地峡部を意味する「スバルキギャップ」という単語は、欧米の外交官や軍事関係者の間で頻繁に使われている(下記地図参照)。
NATOは「東西間の対立が高まった場合、ロシア軍の戦車部隊がベラルーシからカリーニングラードへ向けて進撃する」と警戒している。そうなればバルト3国はNATO加盟国から切り離され、NATOは地上兵力を送ることができなくなる。
2013年、ロシアはカリーニングラード周辺で7万人の兵士による大規模な軍事演習を実施した。対空ミサイルを配置したほか、今年10月には核弾頭を装備できる地対地ミサイル「イスカンデル」を配備したばかりだ。
それに対し、NATOは今年7月にポーランド・ワルシャワで開いた首脳会議で、ポーランドとバルト3国にそれぞれ1000人規模の戦闘部隊を駐屯させることを決定。1989年のベルリンの壁崩壊後、NATOが旧ソ連領に部隊を配置するのは初めてとなる。
今年6月にNATOがポーランドに3万1000人の兵士を動員した軍事演習「アナコンダ」は、敵国がバルト海からポーランドに侵攻し、東の隣国からも戦闘部隊が侵入するというシナリオの下に進められた。その数日後には、ロシア国境から約150kmのエストニア国内で約1万人規模の軍事演習「セーバーストライク」を実施。いずれもロシアによるスバルキギャップ突破を想定し、けん制するためのものだ。
ベルリンの壁崩壊以降、欧州では雪解けムードが広がり、長い間大規模な軍事演習は行われなくなっていた。だが今や欧州の緊張感は高まっている。
ドイツでは8月末、連邦内務省に属する「連邦市民保護・災害援助局(BBK)」が市民に対し、10日分の食料と5日分の飲料水を備蓄するよう勧告した。ドイツ政府は1970~80年代にも「民間防衛体制」の枠組みの中で、ワルシャワ条約機構軍の攻撃などに備えた食料や水の備蓄を勧告していたが、同様の動きはベルリンの壁崩壊以来、初めてとなる。
Powered by リゾーム?