山田は、大学時代からインターネットの世界にどっぷりと漬かってきた。早稲田大学在学中に楽天でオークション事業の立ち上げに参加。卒業後に起業したウノウでは、紆余曲折を経てモバイルゲームで当てて米企業に事業を売却。世界一周の旅に出た後、スマホの急速な普及を目の当たりにしてメルカリを創業した。今や日本を代表する起業家の一人になったが、本人は「どうやって生きていくか、打算的に考えてきた結果」と謙遜する。

中学1年で出世は諦めた

 山田の人生を決定づけたのは中学時代。名古屋の男子校、東海中学校・高等学校に入学してからだ。卒業生には海部俊樹(元首相)や平野信行(三菱UFJフィナンシャル・グループ社長)など、著名人がズラリと並ぶ名門校。そこで山田のプライドは打ちのめされた。

 「勉強にスポーツ、同級生はとにかく優秀なやつばかり。大企業に入って出世する、医者になって成功するといった未来は早々に諦めた」と山田は打ち明ける。同じ土俵で戦っても勝ち目はないと考えた山田は発想を変えた。「自分なりの『山』を探し、そこで頂点に立つ」という人生を目指す決意をした。

 小説家に憧れたこともあった。高校時代には建築家を目指し、進学する大学は理系を選択した。だが、受験勉強を進めるうちに「科学や数学で頂点を目指すのも難しい」とも悟った。

 「起業」はいわば、消去法的な帰結だったのかもしれない。もっとも、自分の登るべき「山」に出合うのに、時間はかからなかった。当時、黎明期にあったインターネットが、山田を引きつけたからだ。

 「この世界なら面白いことが実現できるかもしれない」と、山田はのめり込んでいく。その後の歩みは前述の通りだ。CtoCとの出合いも「タイミングが重なりラッキーだった」と控えめだが、登るべき「山」を見極める嗅覚は、名門校での挫折と、それでも生き残るための「打算的な計算」の繰り返しによって鍛えられていたのだろう。

 メルカリの成長には、創業までに様々な事業を立ち上げては失敗してきた経験が肥やしとなっている。社長の小泉文明らスタートアップ経営の経験者などが集まり、地道な改善でサービスを磨き上げ、次第にライバルを引き離した。その一方で、盗品など不適切な出品も目立つようになり、本人確認の徹底などの対策にも追われている。

 経営者は幸福が2割で苦痛が8割ともいわれる。それでも山田は、「僕は毎日楽しいことばかり」と語る。学生時代に悩み抜いて選択した起業家という生き方は、山田にとって「天職」だ。

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