全7882文字

家業をIT企業に変身

(写真=宮田 昌彦)

 「もとは油にまみれて自動車の修理をしていた家業の会社をIT企業に変身させるなんて、あり得ない」。大阪のある3代目経営者が羨望のまなざしで見つめるのが情報システム開発、スマートバリュー社長の渋谷順氏だ。

 同社の原点は1928年に祖父が興した電気機器向けのバッテリー製造会社。戦後、大手電機メーカーの下請けとして、自動車のエンジンを起動するセルモーターやバッテリー周りの配線など電装品の修理や部品販売を始めた。後に堺電機製作所として株式会社化したごく普通の町工場である。

 渋谷氏は取引先だった電機メーカー系の部品販売会社で営業員として働いた後、85年に父親の命令で家業に戻る。当時は部品の販売や自動車電話の取り付けなどをしていたが、91年に関西移動通信企画(NTTドコモの前身の一つ)が発足。自動車電話の縁で堺電機が携帯電話の販売代理店を開くことになった。これが最初の転機となった。

 「ネット上で見知らぬ人と意見を交わしたり、データを交換できたりする。これは社会を変えるインフラになる」と衝撃を受けた。携帯電話販売を任されるうちにインターネットの魅力にとりつかれ、96年に別会社としてスマートバリューを設立。プロバイダー事業に乗り出した。技術も何もない。「でも、新しいことに挑戦するといって募集をしたら技術者は採用できた」

 もっとも、NTTのような大手がプロバイダー事業を始めると、状況は一変。98年から5年間赤字が続いた。「社員の給料も払えなくなりそうなところまで追い込まれ、あと一歩で鬱になりそうな状態だった」と振り返る。

 2度目の転機は2002年に訪れた。大阪府など自治体の情報システム改革の仕事を受注したのである。ネットの普及で住民への情報サービスや、電子政府などのシステム構築といった改革が来るとみて、早くから営業をしていたのが実ったのだ。技術の進歩と社会での利用拡大の動きを読んで、そこに賭けたことが当たった。

 08年には企業の営業車両の走行データなどから自動車の管理をするシステムなどモビリティ事業も拡大。経営は安定軌道に乗った。12年には堺電機の修理部門を売却し、携帯電話販売部門などをスマートバリューと統合。15年にはついに上場を果たす。

 そして今、仮想通貨などの中核技術であるブロックチェーン(分散型台帳)技術を使って企業や行政が情報管理をするシステム開発にも挑む。渋谷氏は「家業が常に厳しかったから『次はどうしよう』と考え続けたことが今につながった。後継者はそれが持って生まれたアドバンテージ(有利さ)」と笑う。

自動車修理工場から上場IT企業に大変身した
●スマートバリューの歴史と渋谷順社長の改革
出来事
1928年故・渋谷作太郎氏がバッテリーの製造会社を創業
47年株式会社化し堺電機製作所に。自動車の電装品修理や部品販売などを始める
96年スマートバリューを別会社として設立、順氏が社長に。プロバイダー事業やサイト構築請負、サーバー貸出事業などを開始。しかし、2002年まで5年間赤字が続く
2002年自治体のデータセンター構築や災害時の住民へのメール配信システムなどを請け負い始める
08年自動車の走行管理システムなどへさらに多角化
15年東京証券取引所ジャスダック市場上場(18年に同2部に指定替え)
特徴

車に自動車電話を取り付ける事業からNTTと関係を深め、インターネットプロバイダー事業に乗り出すなど、IT企業に変身。ネットの可能性を予測し、新たな分野に挑戦し続けて成功した


 家業を生かして売り方、作り方を変える。あるいは可能性のある事業・技術に絞り込んで徹底的に革新する。跡継ぎたちの改革は、国内企業の99.7%を占める中小企業復活ののろしになるかもしれない。

企業数ではなお中小企業がほとんど
●全企業数に占める中小企業の比率
出所:2014年総務省経済センサス

(主任編集委員 田村 賢司)

日経ビジネス2018年11月19日号 48~53ページより目次