今年4月、カドカワが仕掛ける通信制高校「N高等学校」が開校した。「VR(仮想現実)」の入学式などで話題となったが本質は伝わっていない。開校から半年強。初年度に2000人超を集めたN高の実像が見えてきた。
沖縄・那覇空港から車で約1時間半。海中道路でつながった離島、伊計島。海とサトウキビ畑に囲まれた大自然の中にこつぜんと校舎が見えてくる。
動画サイト「ニコニコ動画」を運営するドワンゴと出版大手のKADOKAWAが2014年に経営統合し、誕生したカドカワ。同社が仕掛ける新たな時代の高等教育の本拠地だ。
今年4月、学校法人角川ドワンゴ学園が運営する通信制「N高等学校」が開校した。廃校となった校舎を本校とし、約15人の教職員が常駐。全国に散らばる2000人超の生徒をネットを通じて日々、指導している。
今年9月、ここで5日間にわたり、初の「スクーリング」合宿が実施された。
「みんなー! 校長先生のすてきな顔、見えますかー!」。奥平博一校長が大声を張り上げ、最後のディナーとなるバーベキューを盛り上げる。
普段は顔を合わせることのないN高生だが、合宿を通じてすっかり打ち解けた様子。キャンプファイアの後、沖縄の伝統舞踊「エイサー」が披露されると、生徒たちはクラスのコミュニケーションツールとして利用しているSNS(交流サイト)に次々と投稿した。
「エイサーやばかった。そして友達と謎の大号泣してしまった」
そこで見たN高生の実像は、従来の通信制高校のイメージを根底から覆すものだった。
通信制高校は、家庭環境などやむを得ない事情がある生徒が卒業資格を得るための受け皿として機能してきた。しかしN高が目指す姿は異なる。
基本はネット、リアル体験も充実
●通信制「N高等学校」の取り組み
ドワンゴ会長でもあるカドカワの川上量生社長は言う。「僕たちはネット時代のエリートを作ろうとしている。通信制で、しかも実績がないのに初年度から2000人も集まり、しかも第1志望にしてくれた生徒が非常に多い。教育の現場ではすごいことらしいです」。
ネットを駆使した効率的な教育を目指すN高。卒業資格を得る授業は全てネットの専用ツールを使い、沖縄本校の教員が遠隔でサポートする。担任と生徒たちはIT企業などが業務でよく使うSNS「Slack」でつながり、部活もネットで行う。例えば将棋部はプロ棋士が生放送の動画で参加。部員はコメントを書き込みながら学ぶ。
東京・六本木のイベント施設「ニコファーレ」で今年4月に行われた入学式では、集まった数十人の生徒が「VR(仮想現実)」のゴーグルを着け、中継で結ばれた沖縄本校の映像に没入。型破りな入学式として多くのメディアが報じ、ネット上でも話題を呼んだ。
だが、こうしたネットの活用はN高を物語る表層的な一部分にすぎない。「通信制」がやりたかったわけでもない。N高の本質は、高校としての授業や行事以外にある。
授業外の空いた時間がメーン
「理想の高校を作る」奥平博一(58歳)
前職も通信制高校の校長。N高の企画段階から立ち上げに関わった
「生徒の夢ややりたいことは一人ひとり違う。それぞれの良き伴走者となって、実現させてあげたい」。小学校教諭から塾講師、通信制高校の校長と、30年以上教育界に身を置いた奥平校長は、自身の思いをこう語る。
そのためには「通信制の制度を使えばもっとできることがある」と考えた。高校卒業資格を得る授業は、各自が好きな時間に1日2~3時間もこなせば十分。生徒の時間はかなり残る。その空いた時間をメーンに据えた高校を作れば、生徒はもっと伸びるはず。
奥平校長はカドカワの役員らとN高を企画、開校にこぎつけた。
確かに「やりたいこと」への道筋が明確な生徒には、この「空いた時間」が魅力に映っている。
「将来の夢は美容の専門家。卒業したら行きたい専門学校が決まっている。学費のためにアルバイトで毎月いくらためるかも計算している。あとは前に進むだけなんですよ」
「夢は美容部員」 村山夏未(16歳)
不登校だったが心機一転、N高へ。夢への道筋と計画を明確に描き、突き進む
1年の村山夏未さんは力強くこう話す。中学時代は周りと合わず、家庭の事情もあり、2年の途中から不登校になった。「何かを変えなきゃ、この先やっていけない」。夢を見つけ、実現までの最短距離を逆算した。そんな折、ネットでN高が開校することを知り、「ここだ!」と思った。「全日制の高校はロスタイムが多すぎて。N高は時間が欲しい私にとって最適なんです」。
N高のメリットは、各自が自分の時間を持てるということだけではない。川上社長が「お金をかけて注力しているのは全部、課外授業。本当に社会で生きていくための選択肢を与える」と話すように、生徒の多様なニーズに応えるべく、高校卒業資格を得る授業以外にも、あらゆるメニューを用意した。その目玉が「N予備校」だ。
N高には、大学への進学を目指す生徒もたくさんいる。そうした生徒のために、川上社長いわく「一流の執筆陣、講師陣を集めた」という大学受験向けのネット教材を作った。
人気の参考書や問題集を執筆する教師や講師に、ネットを前提とした教材をゼロから開発してもらった。それをベースに、ドワンゴが作成したスマートフォン向けの専用アプリを通じて、提携する代々木ゼミナールの講師などが動画の生放送で授業を行う。生徒はコメント機能で質問ができる。
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