IFRSを適用する企業が昨年から急増している。アニマルスピリッツを取り戻したかのような強烈な成長志向がそこにある。のれんの非償却、世界一体経営など利点はあるが、リスクも大きい。
「国内市場はこの先、人口減で縮小するのは間違いない。一方で自動車メーカーをはじめとした顧客は、ますますグローバル化していく。このまま国内にとどまっていたら、うちは潰れる。生き残るには海外企業のM&A(合併・買収)を環境変化に応じて素早く仕掛けられるようにしなければならないが、そのためのカギを握るのがIFRS(国際会計基準)だ」
塗料大手、日本ペイントホールディングス(HD)のCFO(最高財務責任者)、南学・取締役は、2019年3月期からIFRSを適用する狙いをそう語る。
日本ペイントHDはここ数年、ガバナンス改革と海外市場開拓を急速に進めている。2014年10月に持ち株会社制度を導入。持ち株会社の下に自動車、工業用、建築など汎用事業といった事業子会社をぶら下げるようにした。さらに同12月には、シンガポールの塗料大手、ウットラムと合弁で、中国や東南アジアに展開していた塗料会社8社を子会社化した。2015年3月期の売上高は5357億円。前の期に比べて、一気に2倍に増やした。
売上高で見ると塗料業界で世界10位から4位に躍進したが、さらに先を見据える。2018年3月期には自動車用、工業用、建築用の3分野が、事業を展開する日米欧中の各地域でトップ3に入る目標を打ち上げた。その目的達成に欠かせないのがIFRS適用だという。
「欧米の強豪と戦うには、アジアの現地企業と連携して強くならなければならない。そのためには、M&Aなどでキャッシュを生み出す力をつけることが必要で、IFRSは、そういう動きを評価するのに適している。一方、M&Aをしても価値を生み出せなければ、すぐに減損しなければならなくなるなど厳しさが、我々の考えにぴったりくる」と南取締役は言い切る。
東証上場の半分、IFRS適用に
今、IFRSを適用する企業が急速に増えている。金融庁が日本基準から自主的にIFRSに移行することを企業に認めたのは2010年3月期。以来、任意適用企業は徐々に増加し、2014年末時点では適用したか、適用を正式に決めた企業は計52社に達した。
これが昨年から急角度で増えている。既に適用している企業と、これから適用すると正式に決めた企業の合計は今年6月末までの1年半で115社に届き、それまでの4年間に比べて2倍以上に増えた。
大企業でも適用企業が増えている。日立製作所は2015年3月期から、パナソニック、アサヒグループホールディングスが今期から適用を始めた。東京証券取引所のまとめによると、前述の115社に「時期は未定だが、近い将来の適用を決めている企業」と「適用を検討中の企業」を含めた総合計は374社。時価総額では既に東証上場企業(3507社)の48%を占めるまでになっている。
IFRS適用済み企業などの時価総額比率
ここまで合わせると、東証上場企業の総時価総額の48%を占める。今年6月末時点
出所:東証の資料を基に本誌作成
ではなぜ今、IFRSを適用したり、適用準備に入ったりする企業が急増しているのか。
前出の日本ペイントHDは2009年3月期、リーマンショックの影響で最終利益が前期比で73%もの大幅減に陥った。2013年には長年の提携先だったウットラムからTOB(株式公開買い付け)を仕掛けられた。最終的には同社とは“復縁”したものの、「食わなければ食われる」という強烈な体験をしたことで、それまでに比べ、強く成長を追い求めるようになった。
IFRS適用企業に共通するのは、日本ペイントHDのような「打って出る」姿勢だ。アニマルスピリッツと言い換えてもいい獰猛さである。
「これから積極的にM&Aをしていきたい。そんな時にのれんの償却負担は成長の阻害要因になるだけ」
東証2部上場で、企業のウェブマーケティングの受託などを手掛けるメンバーズの小峰正仁・取締役CFO兼常務執行役員はそう言う。
小峰取締役によれば、国内のウェブ関連市場は2020年には47兆円に拡大するという。持続的成長に向けて、今は成長投資が必要な時期だが、そこで障害となるのが「のれん」の存在。
のれんとは、企業を買収する際の買値と被買収企業の純資産の差額だ。ブランド力や技術力など、他社より多くの収益を上げる源泉になる無形の価値を表すものとも言える。日本基準ではこれを20年以内に毎年均等償却し、価値を落としていくが、IFRSでは定期償却を必要としない。つまり大型のM&Aをしたり、M&Aを多用したりする企業には、償却負担なく、事業を拡大できるという魅力がある。成長を目指す企業がIFRSに引き寄せられる要因の一つはここにある。
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