的屋の矜持が生んだ安全意識

 祭りや縁日などで商いをする露天商業界の歴史は古く、平安時代まで遡るとの見方もある。時代の変遷とともに形を変えて生き残った彼らは、「一家」「組」「興業」といった名で、大小様々な組織を各地に形成。つばぜり合いをしながら、地元の露天ビジネスを一元的に管理するようになった。

 一方、かつての露天商業界には、これらの組織に属さない“フリーランス”も存在した。国民的映画「男はつらいよ」の主人公“寅さん(車寅次郎氏)”は、架空の人物ながらその代表だ。

 地元を根城にする露天商組織の中には、反社会的勢力とつながりを持つ集団も少なくなく、全国を旅する個人の露天商にもいわゆる“堅気”ではない人間が多数いた。だが、こと「祭りの安全性担保」という一点において、各地の露天商組織とフリーランスによる連合体が、非常に信頼の置ける体制だったことは事実だ。

 「組織の人間にせよフリーのやつらにせよ、的屋としての矜持と十分なスキルを持っていた。福知山のように、現場で発電機にガソリンを投げ込んで爆発させるやつなど絶対いなかった」。九州を地盤にする露天商歴55年のベテランB氏はこう声を大にする。

 安全を支えていた仕組みの一つが、想像以上に体系化された人材育成システムだ。

 新人は「スーパーボールすくい」や「くじ」などを担当。こうした屋台は、火を使わず、集客術(例:「結構毛だらけ猫灰だらけ…」などのたんか売など)もさほど必要ないため、難易度が低い。そうした“簡単な屋台”で経験を重ね、徐々に「焼きそば」や「今川焼き」「たこ焼き」など“難易度の高い屋台”に配置替えされていく。生易しい世界ではないが、以前は、そんな世界に憧れ、業界の門を自らたたく“生一本”な若者もそれなりにいた。

 ところが、2000年代以降、的屋志望の若者が減少。業界特有の人材育成システムは、それまでのようにはうまく回らなくなった。

 原因の一つは、少子高齢化により青少年の数自体が減ったことだが、露天ビジネス自体のうまみが減り、過酷な仕事に見合うだけの給料を払うのが難しくなったことも大きい。

 「少子化によって祭りの“上客”である親子連れが減った。それでも、コンビニエンスストアに客を取られるから『種類を問わず1品500円前後』という価格は値上げできない。福知山の事件の後は、消火器の配備や露天主の保険加入などコストアップの要因も増えるばかりで、若いやつらの給料を増やす余裕がない。今は日当1万円程度。高遇に見えるが、朝7時から夜中2時まで働く縦社会。涼しいコンビニでバイトした方が経済的にも体力的にも楽だと考える若い連中が増えた」(B氏)

 こうして露天商組織に直接所属する“正社員”が減る一方で、フリーランスの“非正規露天商”もこの10年で数を減らした。背景の一つにあるのは規制の強化だ。

「夏祭り危機」は日本社会の縮図
●夏祭りのリスクを高めている露天商業界内のメカニズム
「夏祭り危機」は日本社会の縮図<br/>●夏祭りのリスクを高めている露天商業界内のメカニズム
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