大手居酒屋チェーンの顧客争奪戦が激しさを増している。新たな業態が相次ぎ登場し、ビール各社の値上げなど逆風も吹く。店舗や経営者の取材、消費者調査から勝ち残りの条件を探る。
中央の写真は「三代目鳥メロ」の三軒茶屋駅前店(写真=中央・看板6点:竹井 俊晴)
歓迎会のシーズンで、ビジネスパーソンも学生も宴会真っ盛りだ。幹事にとって心強いのが大手居酒屋チェーン。友人や家族など少人数でも気軽に利用できる身近な存在だ。本誌では上場企業もしくはその傘下の企業が運営し、100店以上を展開する主な大手居酒屋、10チェーンを選び、取材と消費者調査を実施した。10チェーンは下の写真の通り。顧客の選択眼が一段と厳しくなる中、激戦を勝ち抜くための条件を探った。
東京・三軒茶屋。渋谷から地下鉄で5分ほど、マンションが林立し、新旧の商店もひしめく繁華街だ。そして都内で有数の居酒屋激戦区でもある。今回、調査した10チェーンのうち半数の5つがある。串カツ田中、磯丸水産、土間土間、鳥貴族、そして三代目鳥メロだ。鳥メロは、同じ焼き鳥業態の鳥貴族から数軒離れた場所にある。
「料金が安く、料理もそこそこうまい。たらふく飲み食いしても1人3000円台で収まる」
3月中旬、同店で会社の同僚5人と研修の打ち上げをしていたグループの幹事の男性はこう話す。研修所から近く、よく来店すると言う。
鳥メロはワタミが運営し、「わたみん家」から業態転換を進めている新しいチェーン。生ビール中ジョッキ1杯が199円(税抜き、以下同)という安さが売りだ。わたみん家の生ビール中ジョッキは料金が449円だが、大幅に値下げをした。割安感を打ち出す「目玉」をつくったことで、集客効果が明らかに出ている。三軒茶屋駅前店の五嶋哲郎店長は「会社帰りのサラリーマンがビールを目当てに多く、店にいらっしゃる」と話す。
重視する点、トップは「安さ」
中ジョッキといっても、実はチェーンによってジョッキのサイズが違い、表面的な「価格」だけでは一概に安さを測れない。そこでサイズを明らかにしているチェーンから聞き取り、1ミリリットルあたりの価格を算出した。その結果、鳥メロが0.55円で最も安かった。2位の鳥貴族(0.83円)などを大きく引き離している。
居酒屋を選ぶ際の消費者意識を探るため、日経ビジネスは3月中旬、首都圏在住の成人男女にネットでアンケートを実施した。
財布のヒモは固くなっており、値上げすると客離れの恐れ
- 友人や同僚と居酒屋チェーンに行く場合、1人あたりの支払い料金はいくら程度が妥当だと考えていますか。
- 通常、居酒屋チェーンで支払う金額は、2~3年前と比べてどのように変化していますか。
- 2~3年前と比べて居酒屋チェーンを利用する頻度はどのように変化していますか。
- ビールなどお酒が値上げされた場合、居酒屋に行く回数は変わりますか。
- 居酒屋チェーンに対して何を重視していますか?
調査概要 : Q1~5とコスパ人気ランキングは、マクロミルに委託し、2018年3月15日から16日にかけてインターネットを通じて調査した。大手居酒屋チェーンが集中する首都圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)に住む20歳以上の男女515人から回答を得た。Q3は四捨五入のため合計が100%にならない。コスパ人気は各居酒屋チェーンについて利用したことがある人のうち、「コスパがよい」と回答した人の割合。店頭での料理の重量の計測は3月中旬、東京都内の店を任意に選んで実施。コスパ比較ではビールの銘柄や食材の違いは考慮していない。店舗の違い、調査後のメニュー変更などでサイズや値段が異なる場合がある。
コスパ人気の上位3チェーン
利用したことがある人のうち、コスパがよいと回答した人の割合 |
鳥貴族 | 62.0% |
串カツ田中 | 43.4 |
磯丸水産 | 38.7 |
生ビール(中ジョッキ)のコスパ比較
ジョッキサイズを公開していない居酒屋チェーンを除いた順位 |
| 1ミリリットル あたりの料金 | 料金/ジョッキサイズ | 銘柄 |
1位 | 三代目鳥メロ | 0.55 | 199円/360ミリリットル | スーパードライ |
2位 | 鳥貴族 | 0.83 | 298円/360ミリリットル | ザ・プレミアム・モルツ |
3位 | 土間土間 | 1.08 | 390円/360ミリリットル | スーパードライ |
4位 | 八剣伝 | 1.13 | 430円/380ミリリットル | スーパードライ |
5位 | 庄や | 1.23 | 490円/400ミリリットル | スーパードライ |
(イラスト=Freepik)
居酒屋チェーンで支払う1人あたりの料金は「3000円未満」が半数を超えた。2500円未満の低価格志向の消費者が約4分の1を占める。使う金額の変化では2~3年前に比べて「減っている」と答えた人が32.0%と「増えている」の13.6%を上回った。利用する頻度では「減っている」が58.4%を占め、消費者の財布のひもは固くなっている。
こうした節約志向を反映して、居酒屋チェーンに対して重視する項目を聞いたところ「料金の安さ」が55.5%でトップ。2位の「料理の味」(55.3%)をわずかに上回った。
「安くておいしい」という「お得感」、つまりコストパフォーマンスはどのチェーンが高いのだろうか。利用したことがある人のうち、「コスパがよい」と回答した人の割合は、鳥貴族、串カツ田中、磯丸水産の順となった。運営会社に聞いた客単価(概数)は鳥貴族が2100円、串カツ田中は2300円、磯丸水産2600円といずれも居酒屋チェーンの中でも低価格帯に属する。
アンケートで集まった声からも鳥貴族の人気がうかがえる。「料理のボリューム、味、値段の全てがリーズナブル」(43歳男性、会社員)といったコスパを評価するコメントが多かった。コスパの良さを評価する目安として、記者は提供される料理の分量を計測して、料金で割るという比較をしてみた。
鳥貴族の看板メニュー、ネギと鶏肉の串焼き(ねぎま)「貴族焼(たれ)」は、計測したところ2本セットで130.5g。1gあたり2.28円だった。ねぎまを扱っていないチェーンもあったが、実測値ではやきとりの扇屋が2位で2.97円(1本150円で50.5g)だった。
枝豆は98.5gと少量ながら190円で販売する串カツ田中が1gあたり1.9円。計測したチェーンの中、唯一1円台で安かった。ビールやつまみは提供するごとに量などに差が生じるものだが、一定の傾向は読み取れるだろう。
ビール値上げせず我慢比べ
安さを訴求し店舗を拡大 串カツ田中社長 貫 啓二氏
串カツ田中「現在の178店から2018年11月末までに221店に増やす。目標は1000店。出店余地は十分にあるが、類似店も出てきた。スピード展開が必要だ。1串100円のメニューをそろえ、客単価を下げている。持ち帰りや宅配で家族客にも訴求したい」(談)
|
楽しめる店で違い出す SFPホールディングス社長 佐藤 誠氏
磯丸水産「多店舗展開するには、大衆的な店であることが必要だ。浜焼きスタイルで、楽しめる店づくりを進めてきた。立地も来店しやすい路面店にこだわってきた。いけすの設置や鮮魚の仕入れでノウハウがあり他社がまねできない仕組みを作っている」(談)
|
業績悪化、再構築図る エー・ピーカンパニー社長 米山 久氏
塚田農場「人気店となり無理に出店を急いだことから業績が悪化した。今後、『つかだ』ブランドで、新たに食材にこだわった焼き鳥店や炉端焼き店などを展開する。地鶏の仕入れルートの強みを生かせる。魚介類の仕入れ網を生かしたすし店も検討中だ」(談)
|
(写真=3点:北山 宏一 ) |
生き残りの条件として安さが一段と重要になっている居酒屋チェーン。串カツ田中の貫啓二社長は「メニューによりお得感を出して客単価をさらに下げる努力を続けている」と話す。
だが、安さを強調しようとする各社には、強い逆風が吹いている。メーカーによる業務用ビールの値上げだ。アサヒビールは今年3月から、他の大手3社は4月からビールの納入価格を値上げする。値上げ幅は商品によっても異なるが1割程度。仮に居酒屋がそのまま料金に転嫁すれば1杯300円のビールは330円になる。
とはいえ簡単に転嫁できるような状況にはない。アンケート調査では、酒類が値上げされた場合に、消費者がどう対応するかについても聞いた。居酒屋に「行く回数を減らし、飲む量も減らす」と答えた人が21.4%など、消費行動を変えるという選択をした人が46.0%を占め、値上げに敏感に反応する姿勢が浮き彫りになった。
こうした「客離れ」を警戒して、大手チェーンは値上げに慎重だ。非上場のチェーン、「養老乃瀧」は4月からビールを値上げすることを表明しているが、今回調査した10チェーンに聞いたところ、3月中旬時点で値上げを決めているチェーンはなかった。
焼き鳥居酒屋「八剣伝」を運営するマルシェの熨斗和之・商品営業部長は「ビールの価格は据え置き、(ジョッキのサイズを変えるなど)容量を見直していく」と言い、顧客が負担に感じない方策を探る。海鮮居酒屋の「はなの舞」を運営するチムニーの神之門良一・執行役員(商品担当)は「ビールを値上げすると料理も含めて全て値上げしたと消費者に思われ、客離れを引き起こしかねない。他の酒類や料理で原価上昇分を吸収していく」と話す。
飲食ジャーナリストの中村芳平氏は「居酒屋チェーンで勝ち残るにはマージン(粗利)ミックスにたけていることが第一の条件だ」と指摘する。原価が比較的高いビールはもともともうけが薄いうえに、納入価格がさらに上昇する。それでもビールを安価に提供し続けて、ハイボールやサワー、料理で巧みに利益を取る戦略的なメニューづくりが、一段と重要になるという。
居酒屋の店づくりで鮮明になっているのは「総合型」の居酒屋チェーンが振るわないことだ。価格の安さとともに、焼き鳥など「売り」のメニューを打ち出した「専門店」としてのアピールが顧客を呼び込むポイントになっている。1本100円の串カツを取りそろえた串カツ田中や、お客がコンロで魚介を焼く浜焼きスタイルの磯丸水産(SFPホールディングス)の人気が高い一方で、和食から洋食までメニューが豊富で、宴会需要に応えてきた「和民」の低迷が続いたのは、象徴的だ。
このためワタミは、焼き鳥の「三代目鳥メロ」、から揚げの「ミライザカ」へと専門性を訴求した業態へと急速に転換を進めている。いずれの店舗数も既に「和民」「わたみん家」を超えている。同社の飲食事業の既存店売上高は前年同期比2017年4~12月で5.7%増と好調。今年1月、2月もプラスで推移している。
一方、居酒屋「塚田農場」を展開し、急成長したエー・ピーカンパニーは事業の再構築を図っている。既存店売上高が14年5月から46カ月連続で前年同月を下回っているからだ。苦境を打開する策として今年3月、より多くの客層を呼び込め、専門性も高い新業態の「焼鳥つかだ」を立ち上げ、1号店を東京・中目黒にオープンした。
二律背反の課題が壁に
居酒屋チェーンは人気業態が登場すると他社からも似た業態がすぐに出てくるのが特徴だ。飲食業界に詳しいいちよし経済研究所の鮫島誠一郎主席研究員は「飲食業の中でも居酒屋は参入障壁が低い。そのため運営会社数も多く、類似業態がすぐ登場する」と指摘する。いまは焼き鳥「バブル」の様相を呈しているが、生き残れるチェーンは限られるだろう。
チェーン店の効率性と安心感だけでは通用しなくなり、専門性や店の個性が求められる時代になった。そして安さが求められる一方で、仕入れや人件費のコストは上昇し続ける。こうした「二律背反」とも言える課題を突き付けられているのが、いまの居酒屋業界だ。経営のかじ取りは難しさを増すばかりで、チェーンの優勝劣敗が鮮明になるのは間違いない。
(宇賀神 宰司)
日経ビジネス2018年4月2日号 60~63ページより
目次
この記事はシリーズ「SPECIAL REPORT」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?