急激な市場成熟と技術革新に見舞われる日本の産業界。当たり前のことを当たり前にこなす普通の人材だけでは成果が上がらぬ時代になってきた。「突出した営業・開発能力を持ち、AIやIoTなど次世代技術を自在に使いこなす」──。これからの時代、会社を成長させるには、そんな天才社員の力が不可欠だ。彼らの共通項は、天才であるがゆえ、考え方や行動様式が少し変わっていること。規律や集団行動、同調性を重んじる日本企業の風土になじめない人材も少なくない。どうすれば彼らを味方にできるのか。“天才社員”のなつかせ方を先進企業に学ぶ。

今ほど天才の力を必要とする時代はない(掲載した6人は世間一般で天才と呼ばれている人々で、本文の内容とは一切関係ありません)(写真=左下から時計回りで:Science Photo Library/アフロ、AP/アフロ、Frazer Harrison/Getty Images、ullstein bild/Getty Images、Chesnot/Getty Images、UniversalImagesGroup/Getty Images)

 ホンダの系列ディーラー、ホンダクリオ西札幌(現ホンダカーズ北海道)には、ある伝説が残っている。5年前まで在籍していた男性営業マンの伝説だ。

ホンダの系列ディーラーで活躍した小川泰史氏。現在はベンチャー企業を経営する(写真=尾関 裕士)

 彼は、訪問販売を主体とする自動車販売職場にありながら、会話が極度に苦手だった。学生時代から友人はほぼゼロ。趣味の競馬で話が盛り上がっても、好きな馬を少しでも批判されると怒り出すので、誰も寄りつかなくなった。しかし、ホンダ系列の販売店に入社後、彼はめきめきと頭角を現し、社内売り上げトップ10の常連となる。

 会話ができない訪問販売員がどうやって車を売っていたのか。その営業ツールは「手紙」だ。同僚が1日100件、訪問営業をする横で、日々30通もの手紙を書き、見込み顧客に送り続けることで車を売っていたのだ。

 「1日に5時間手紙を書くこともあった。腱鞘炎に悩まされました」。現在は出版ベンチャーを経営する小川泰史氏は当時をこう振り返る。

 多くの顧客が小川氏の手紙に心を打たれたのは、琴線に触れる内容が幾重にも盛り込まれていたからだ。

 訪問営業が苦手だった小川氏だが、担当地域の住民のカーライフを調べて見込み顧客を探すため、家の前まではこっそり行っていた。訪問時間は朝の4時台。確実に住民の現在の所有車を確認できるからだ。

手紙だと顧客の気持ちが見える

 そして、見込み顧客の表情を脳裏に描きながら手紙を書く。「会話だと相手の気持ちがなかなか分からないが、手紙だと、こう書くとお客様がどんなことを考え、どんな疑問を抱き、どんな情報を欲しがり、どんな言葉をかけてほしいか浮かんでくる」(小川氏)

 どんな人も、車を買い替えたいと思っているときに、特定の自動車販売員から何度も手紙が届けば気にならないはずはない。しかもその手紙は、思いやりにあふれ、自分の家族のカーライフの悩みを正確に言い当てている。

 「こちらの車種は小さなお子様が寝ていても車のゆれで起きない設計になっています。週末限定で即納、特価提供の在庫もございます。どうしても明日の土曜を迎える前にお知らせしたく手紙をしたためました。ぜひ今週末に試乗されてみませんか」

 こうした手紙を入社以来、何百通、何千通と書くことで実績を積み重ねた小川氏。万年最下位の店舗に配属された際は、その店の売上高を札幌市の本店以上に伸ばしたこともある。

 「相手の立場で物事を考えるのが苦手で他人との会話ができないという特徴を持つ人は少なからず存在する。だがそうした人たちは、特定の分野でずば抜けた能力を発揮することが多い」。心療内科医で企業向けストレス対策支援サービスを提供するアイケア(東京・渋谷)の山田洋太社長はこう話す。

 考え方や行動様式が少し変わっているが、あるジャンルではとてつもない力を秘める──。規律や集団行動、同調性を重んじる多くの日本企業は、そんな“天才社員”の活用を極めて苦手としてきた。

 手紙を武器に車を売り続けた小川氏も、ホンダクリオ西札幌は2度目の就職先。新卒で入社した別の大手自動社メーカーの系列ディーラーでは、外回りに行かず手紙を書き続ける小川氏はたちまち排除され、3年半で事実上、退職させられている。ホンダで日の目を見たのは、ホンダカーズ北海道元社長の手塚完二氏をはじめその特異な働き方に理解を示す幹部や上司にたまたま恵まれたからだ。

 だが、これからの時代、企業はこうした人材を取り込むことが欠かせない。人手不足という背景もあるが、それ以上に、急激な市場成熟と技術革新の中、当たり前のことを当たり前にこなす普通の人材だけでは成果が上がらぬ時代になってきたからだ。

 実際、先進企業の間では、自ら進んで変わった人材の採用を強化する動きが広がり始めている。企業に求人広告や研修サービスなどを提案するエン・ジャパンもその一つだ。

 東京・新宿副都心の高層ビルにある同社の営業部隊に、とんでもなく変わった女性社員がいる。

 クライアントになってくれそうな見込み顧客に電話営業を展開し、訪問のアポを取るのが主力業務の職場。だが、その女性だけは一日中、受話器を握ることはない。出社し帰宅するまでパソコンに向かい、同僚と食事に行くことも、無駄話をすることもない。

 この風変わりな社員こそ、同社の2年目エース、佐藤若布氏(仮名)だ。「普通は1日に1件、訪問予約を取れれば上出来。それに対し彼女は平気で、1日に何件も取ってくる」。彼女の直属の上司に当たる人材活躍支援事業部の伏屋航部長はこう話す。