人事的には「甘い会社」

入山:イノベーションについてもう少しお聞きします。新しいことに挑戦するにはリスクが伴いますし、当然うまくいかないこともある。宮内さんは「撤退の判断こそが経営者の大きな責任」とおっしゃると同時に、担当者に対して「なんで失敗したのか」といった非難は決してしないそうですね。

宮内:そんなことをしたら誰もリスクを取ろうとしなくなりますよ。いつも、「2回まではいい。だが3回失敗するやつはばかだ」と言っているんです。ですから、うちで偉くなった人はほとんど2回は失敗しています。失敗しなかった人は一人もいないんじゃないかな。

入山:日経ビジネスと早稲田大学ビジネススクールが共同で実施している次世代リーダー育成講座「日経ビジネス経営塾」で、宮内さんが経営者講師を務めた際に聞いていてすごく感じたのが、「宮内さんは怒らない、辛抱する経営者だ」ということでした。

宮内:いえ、しょっちゅう怒っていますよ。要は仕事に対しては厳しく見るけれども、それを評価に直接反映させることはしないということです。だから失敗したからクビにするというのはしなかったと思いますよ。人事的にはすごく甘い会社ですよね。

入山:怒られるかもしれないけれど、2回まではやりたいことにチャレンジできる。だからこそ、イノベーティブな人材が育ったのではないでしょうか。

 実は、経営学でも成功経験と失敗経験のどちらが大事かというのは重要なテーマになっています。私は米国のビジネススクールで教えていたので、統計解析を使っていろいろと分析するんですね。それで分かってきたのが、人間はある程度失敗しないとダメだということでした。特に若いうちに失敗した方がいい。

 いわゆる認知科学で言うと、若いうちに成功経験を持つと認知が狭くなってしまうんです。自分がいる世界が正しいと思い込み、簡単に言うと勉強しなくなる。ですが若いうちに失敗すると、自分の考えたことが常に正しいわけではないと疑いながら動くので、結果として勉強するし、長い目で見ると成功する。宮内さんも失敗経験の重要性を著書で指摘されていますが、最先端の経営学でも同じように失敗は大事だと言われているんです。

宮内:ただし、いくら評価に反映しないと言っても、失敗して萎縮し、伸びなくなる人がいるのも確かです。ですから救いのない怒り方をしてはいけないんです。CEO(最高経営責任者)は生殺与奪の権を握っているんですから。怒った上に人事的に罰を与えたら、どうにもなりません。部下を潰してしまうのは実に簡単です。

入山:逆に言うと、宮内さんは人を育てる際に何を一番重視なさっていますか。

宮内:何だろうな……。僕は育てるために何かをしたようには思えないんです。会社はアウトプットするところであって、勉強させてもらう場所ではない。社員には「会社は学校と違うぞ」とよく言ってきましたね。ですから教育するために何らかの仕事を与えるということは全くしませんでした。「仕事のために何かをする」だけでした。

 僕は経営資源を100%使い切るのが経営者の仕事だと思うんです。その中核になるのは人間の能力です。ただ、この能力には100点の人もいれば60点の人もいる。上司というのは100点の人ばかり使いたがるものですが、これは一番効率が悪い。

 そうではなく、誰もが120%の能力を発揮できるように仕事を与えるんです。100点の人には120点の仕事、60点の人には72点の仕事。2割アップの仕事をやってもらえれば組織の「熱量」は最大になるはずです。なおかつ一人ひとりの能力は向上しますから、ある日気付いたら60点だった人が72点になっている。そうしたらさらに120%の仕事をしてもらう。そうやって仕事を与えるのがマネジャーの役目だと思います。

入山:それにはトップを含めて上司が部下一人ひとりときちんと向き合って評価しなければなりませんね。

宮内:そうです。それと評価はいったん下しておしまいではなく、常に見直さないといけません。100点の人が80点に落ちているかもしれませんから。僕は人間というのはかなり変わると思いますね。若い時にグーンと伸びたのにある時から伸び悩んだり、反対に50歳くらいから伸びたりする人もいます。本当に決め付けてはいけませんね。

入山章栄 Akie Iriyama:慶応義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。2008年米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13年より現職。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)など。「日経ビジネス経営塾」の理論編講師。
宮内義彦 Yoshihiko Miyauchi:1960年ワシントン大学大学院経営学部でMBA取得後、日綿実業(現双日)入社。64年オリエント・リース(現オリックス)入社。80年社長・グループCEO、2014年より現職。著書に『私の経営論』(日経BP社)など。「日経ビジネス経営塾」で経営者講師を務める。(写真=竹井 俊晴)

2番目に重要なことは任せる

入山:オリックスのように規模が大きく、様々な事業を手掛ける会社になると、経営トップに現場の悪い情報がなかなか上がってこなくなるという状況に陥りがちです。宮内さんはどう対処なさっていますか。

宮内:規模が大きくなるにつれて、ある時点で会社が何をやっているのか、全体像がつかめなくなります。裸の王様ですね。でも、私はそれぞれのセグメントに専門家を充てて、その「箱」は全部やってもらうのがマネジメントだと考えています。何も報告がない時は会社がきちんと動いているのだと思わざるを得ません。

 仮に10のセグメント、箱があったとします。そのうちの1つが大きな問題を起こして大変になっていて、反対に思いもかけずワーッと伸びているところも1つある。CEOの仕事とはこの一番大事なところを見ることなんです。問題があるところは血止めして、伸びているところはもっと伸ばす。2番目に重要なところからはすべて任せると。全部知ろうなんて無理ですから。

入山:適切な人材に任せているから大丈夫だと判断できるんでしょうか。

宮内:そこは自分なりの“ディスカウント率”を持っていますね。ここは100点で完全に任せていいとか、ここは6割くらいだから報告は詳しく聞いておかないと、というのはあります。