組織はどうあるべきか、リーダーの役割とは──。
オリックスを巨大グループに育て上げた経営者と、世界最先端の経営学に触れてきた気鋭の経営学者。実践と理論に基づく両者の「経営論」から、日本の経営課題とその打開策が浮かび上がった。

実践的「経営論」を著した経営者と気鋭の経営学者が対談

オリックス シニア・チェアマン
宮内義彦
(写真=竹井 俊晴)

入山章栄氏(以下、入山):私は最近、経営者にお会いする時に必ず、「ご自身の時間軸として何年先までの将来を見ていますか」と聞くようにしているんです。日本電産の永守重信会長は30年、星野リゾートの星野佳路代表は20~30年だとおっしゃいました。多くのトップの方が比較的長めの視点を持っていると思っていましたが、宮内さんは最近の著書『私の経営論』で7~8年と書かれていますね。

宮内義彦氏(以下、宮内):業種による違いがあると思います。10年くらいは見たいという意識はあるんですが、これまで金融関連の事業が主体だったオリックスの場合、5年後、7年後に実るような事業に向けて布石を打つ必要があると思っています。これが短期的すぎてもおかしくなりますし、20年先まで見通すのも難しい。金融業界は常に法整備や改正と隣り合わせですから、例えばトランプ米大統領が金融の規制を緩めるか強めるかによって、対応は全く違ってきます。

かつての日本は挑戦者だった

入山:ただ、ここ数年は電力事業や関西国際空港などの空港運営といった金融以外の事業にも乗り出していますね。

早稲田大学ビジネススクール准教授
入山章栄
(写真=竹井 俊晴)

宮内:コンセッション事業(空港などの公共施設の運営権取得)はまさに当てはまりますが、40年先まで見通して手掛けるものですね。オリックスにとっては一番長い視点で見るべき事業が入ってきたと捉えています。

入山:宮内さんは常々、オリックスはイノベーションの会社で、新しいことにとにかくチャレンジすることが大事だとおっしゃっています。日本の企業に一番足りないのが、新しいことにどんどん挑戦する姿勢だと思うんですが、どこに違いがあるのでしょうか。

宮内:日本企業は1955年ごろから90年までの35年間伸び続け、その間に日本は世界の工場になりました。いろいろな新製品を作り、世界で売っていこうという、当時の日本の経営者は極めてイノベーティブだったと思います。

 ですがバブル崩壊後、「失われた20年」と言っている間に世界の工場ではなくなり、売上高も上がらなくなった。するとコストカットやリストラが経営だという風潮になり、イノベーションは影を潜めたんです。

 日本の経営がイノベーティブでないわけではありません。ここ20年ほどはリストラ派が勝ち、それが今もまだ続いているだけです。ですから、私は経営者をコストカッター系譜からイノベーティブへと入れ替えないといけないと思っています。

 そんな中でオリックスが何とかやってこられたのは、バブル崩壊時に日本の会社でいち早く、91~92年から不良債権を償却し始めていたからです。日本の金融市場が崩壊したのは97年ですが、翌98年にオリックスはニューヨーク証券取引所に上場しているんです。「日本の金融はぐじゃぐじゃになっているのに、おまえのところは何で好業績なんだ?」と驚かれましたよ。

入山:日本企業はジリ貧に陥ってからリストラに着手しがちですが、そうではなく毎年的確に手を打つことが大事だと指摘なさっていますね。

宮内:我々の企業なら毎年できます。でも、できない業種もあるんですね。本には勝手なことを書いてしまったなと思っているんですよ(笑)。例えば、鉄鋼業のような産業では日々のリストラは難しいでしょう。高炉を1つ廃止するといった何十年に1度のリストラにならざるを得ません。