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1971年、ニクソンショックを機に「円切り上げ」が現実のものとなる。当時の基幹産業だった造船や繊維は大変革を余儀なくされた。日本経済に今も続く「円高恐怖症」は、ここから始まった。

1971年12月中旬、日本の大蔵大臣、水田三喜男はワシントンで米国の財務長官、ジョン・コナリーと数度にわたって向かい合っていた。

 会談の場は世界最大級の博物館を管理するスミソニアン協会本部。ロマネスク様式とゴシック様式を組み合わせた建物は、その重厚さから「キャッスル(城)」と呼ばれ、荘厳な雰囲気が辺りを圧していた。