三菱自動車への出資に、カルソニックカンセイ株式の米ファンドへの売却。就任から16年が経過した今も、次々に大胆な決断を下し日産自動車をけん引する。今後の市場環境をどう見据え、どう乗り越えようとしているのか。
(聞き手は 本誌編集長 飯田 展久)
PROFILE
[カルロス・ゴーン]1954年ブラジル生まれ、62歳。仏国立理工科大学、仏国立高等鉱業学校工学部を78年に卒業後、仏ミシュラン入社。96年に仏ルノー入社、同年副社長。99年に日産COO(最高執行責任者)に就任し業績をV字回復させた。日産では2000年社長兼COO、2001年社長兼CEO(最高経営責任者)、2008年会長兼社長兼CEO。2009年ルノー会長兼CEO。2016年12月から三菱自動車会長も兼務。
問 トランプ次期米大統領はこれまで保護主義的な発言を繰り返してきています。自由貿易の枠組みが大きく変わる可能性が残されていますが、今後をどう見通していますか。
答 「大事なのは、トランプ氏が選挙期間中に発言した内容ではなく、大統領に就任した後にどんな決断を下すか。政治家というのはとかく、建前と本音が違うものだからです」
「彼はビジネスパーソンでもあるので、(政治家にありがちな)イデオロジストとは違います。『米国の利益を守る』という明確な目標を掲げていて、大統領就任後もこれは守ろうとするでしょう。ですから、私はあまり心配する必要がないと考えています」
「米国はトランプ氏が選挙中に重視した(中西部から北東部にかけての)『ラストベルト(さびついた工業地帯)』のような地域だけではありません。米国全体の利益を守ろうとすれば、自動的に自由貿易が必要だという結論に至るはずです」
「今のところ金融市場はトランプ氏の勝利を好感しています。彼が選挙に勝っただけで、為替相場も妥当な水準に戻りましたからね。(日本銀行総裁の)黒田(東彦)さんが2年間をかけて取り組んできたことを、たった1日で成し遂げたわけです。だから皆、ハッピーなのではないでしょうか」
米TPP離脱でも戦略変わらず
問 トランプ氏はTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を他の参加国に通告すると明言しています。米国への輸出拠点でもあるメキシコの工場など、グローバル戦略への影響をどう見ますか。
答 「米国のTPPからの離脱は決定事項でしょう。その一方で、NAFTA(北米自由貿易協定)については、不確定要素が残されています」
「トランプ氏は選挙中には『再交渉をしたい』と発言していました。しかし冷静に考えると、現在の米国とメキシコの関係は、決して米国の利益に反することではない。むしろ米国の利益になっている。トランプ氏はこれを現実的に、賢く見極めなければなりません」
「ですから日産自動車の事業展開をどうするかの結論を出すのは時期尚早です。我々としては忍耐強く今後を見守るしかありません。過剰反応してはいけないのです」
問 米国がTPPから離脱しても、日産の戦略に変わりはないと。
答 「変わりませんね。なぜなら、どちらにしても当社の戦略はローカリゼーション、現地化にあるからです」
「今、多くの人が、『英国の欧州連合(EU)離脱の次はトランプ氏の当選。世界はグローバル化から遠ざかっていくのではないか』と心配しています。でも、私はそうなるとは思いません。理性のある人間なら、これでグローバル化が止まるなんて思わないでしょう。そんなのは理にかなっていませんから」
「ただ、グローバル化を正しく進めていく上で、我々が今後、やっていかなければならないことはあります。まず、世界中の人たちに向けて、グローバル化のメリットを説明すること。そして、グローバル化の流れが暴走しないように、きちんとマネジメントをしていくことです」
「これは(自動運転のような)技術の普及と同じです。新しい技術を取り入れる時、多くの人は問題点ばかりを見てしまいがち。でも、その技術が社会にどんなメリットをもたらすかをきちんと説明できれば、人々は『ああ、そんな技術ならいいな』と思います」
「グローバル化自体は良いとか悪いとかの問題ではありません。そこにメリットがあるのです。国と国が協調すれば、両国の経済性が高まる。雇用が創出され、その国の生活水準が上がる。全てのケースがそうではありませんが、ほとんどの場合、そうなります。メリットがあるのですから、これらを説明しなければなりません」
「同時に、グローバル化の反動が悪く出た場合は、無視してはなりません。悪い影響が出たらそれを是正するためにすぐに行動しないと、人々は極端な方向に走ってしまいます」
「例えばEUからの離脱を決断した英国民には、グローバル化のデメリットばかりが見えていました。外国人が入ってきたために英国民の仕事が奪われたという面しか見えなかったわけです」
「世界は既につながっていますから、グローバル化の流れは止められないでしょう。若い人たちが『海外に行ってみたい』『交流したい』と思うのは当然のことで、国境を今更、閉ざすなんてことは非現実的なのです」
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